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ネオ・ウルトラQ 思い出は惑星(ほし)を越えて

さてネオ・ウルトラQ第8話「思い出は惑星(ほし)を越えて」の感想である。
(以下、ネタバレ感想)

ギ・ノール人「ハタ」は、教皇の転生した人物を探しに地球にやってきた。
教皇は日本の大学生、浩一に転生したという。
ギ・ノールの教皇は死後、教皇が転生した人物がなるのだが、それには反対派も居るようで、ハタは結局その中で命を落とす。
結局、浩一はギ・ノールには行かない事を選択した。というか地球に来ていたギ・ノール人は全滅してしまったので行く方法もなさそうだ。
ただ、これからも定期的にギ・ノールからの使者や暗殺者は来るだろうし、浩一がギ・ノールに行かない限りそれは続くだろう。結局モラトリアム期間が延びただけであり、いつかは決着は付ける羽目になるだろう。
ただ彼らと地球人は寿命が違いすぎるため、いずれ迎えか暗殺者が来るとしても、すぐには来ないかもしれない。或いは、次に来るのは浩一がかなり歳をとってからか、或いは死後もしれない。既に20年以上放って置かれているようだし。

しかし、もし浩一がギ・ノールに行ったとして、果たして生活できるだろうか?
ギ・ノール人は生身(?)で地球で過ごしているから、大気組成や重力はあまり変らないと考えられる。
しかし食料は強いアルコールしかないようだ。
食べるものが酒しかない。
酒豪には良いかもしれないが、しかし普通の地球人が酒を四六時中呑んでいたら、アルコール中毒になってしまう。
そんなところに行っても早死にするだけだ。浩一の食料については地球から取り寄せるつもりなのだろうか?

またギ・ノール人と地球人は寿命が違いすぎる。

設定によると、ハタは479歳。
ハタの風貌はだいたい40歳前後(演じた渋川さんは38歳)であり、かなり乱暴に計算すると人間の約12倍の寿命があることになる。
つまり浩一は、ギ・ノール人にしてみれば、二歳児くらい感覚だったのだろうな。
もし浩一がギ・ノール星に行って教皇になり、アルコール漬けの生活を送ったが、奇跡的に100歳まで生きたとしよう。しかし彼らの感覚では8歳前後で老人になり若死にしたような感覚になるのだろう(これは人間と犬猫の寿命の感覚に近い)。


というか寿命の感覚が決定的に異なるので、浩一ではギ・ノールにとってまともな政治など出来ないだろう。
もし政治を下としても(ギ・ノールにとって)おかしな言動を繰り返し、直ぐに死んでしまう。まさしく「宇宙人」と揶揄されそうだ。

お互いの為に、浩一をほっとくのが最良のようだ。
というか、教皇別の星の生物に転生するな。色々と不便だから。

それにしても、今回の話は、周囲のごたごたも込みで、もろにチベット仏教「ダライ・ラマ」の話だな。

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