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ネオ・ウルトラQ 宇宙(そら)から来たビジネスマン

さてネオ・ウルトラQ第3話「宇宙(そら)から来たビジネスマン」の感想である。
(以下、ネタバレ感想)

ウルカヌス星人は美を愛する宇宙人である。
彼らの美とは肉体的または物質的な物ではなく、精神的な物である。
しかしどうも地球人にとってはあまり好ましい感情、屋島教授の言葉を借りると「嫉妬、怒り、劣等感」という、所謂「負のエネルギー」と呼ばれるモノが好みであるようだ。
因みにその精神的なエネルギーを抽出すると黒い得体の知れない液体になる。
コーヒーならともかく、ちょっと生理的に敬遠したくなる泥水の様な液体。
彼らウルカヌス星人も、人間と同じような姿をし、同じ食べ物を食べている(葉巻まで吸う)ので、あまり嗜好とか美意識に違いは無いと考えるのだが、しかし負のエネルギーの液体を見て、ウルカヌス星人、大歓喜。
恐らく彼らには、人間と観える世界が異なるのだろう。
ウルカヌス星人には、人間の感情(精神エネルギー)が見えるのだ。
だから彼らは表面的な美しさには捕らわれない。
顔だけではなく、心の美しさを見て、と、恋愛では良く聞く台詞なのだが、それを実践している宇宙人なのだな。

価値観の相違というのはある。
尤も、過去の絵画や彫刻を見ても、美しいと言われる物は美しいと思うので、人間には普遍的な美というものはあるのではないかと思う(特に人物画は顕著だと思う)。
ただ普遍的は美しさとは、人間の同士の場合に通用する話であり、まったく違った生物(宇宙人)には、通用しないのではないかと思う。よく宇宙人が地球の美女を見て、美しいから誘拐する、なんていうSFがあるが、普通はそんなことは無いだろうと思っていた。
そういう意味からすると、宇宙人が肉体的にはまったく興味がなく、精神的な美しさ、ただし、一般的な地球人からすると醜いと考える嫉妬なんかを宇宙人が美しいと賛美する今回の話は、きわめて納得のいく話ではある。

あるいは、彼らウルカヌス星人はそういった負の感情がまるで無い(或いはきわめて珍しい)、品行方正な種族なのではないだろうか。
やたらと契約に拘り、契約を破った渡良瀬たちに怒りを露わにしたのも、彼らの世界では契約を違えるということが起こり得ない話であり、(彼らの)常識からすると信じられないのだろう。
しかし作中でも述べられていたが、騙したり、嫉妬したりという感情は、人間にとってはそれもまた必要な感情である。
勿論、そういった負の感情は、それだけでは有益な価値観ではないし、それが重宝されたり肯定される社会って、あまり文明が発展しないと思う。
ただ、負のエネルギーもまたエネルギーではある。
コレもまた人の進歩の原動力の一つだし、また作中でも述べられていたが、この感情がまったく無くなっては人間は生きていけない。

結局、負のエネルギーも、その逆のエネルギーも必要なのだ。
ウルカヌス星人は、それに美的感覚を感じることで、負のエネルギーが必要であることが判っているのだろう。だから求めるのだ。

それにしても、異星人の機械の仕組みを瞬時に見抜き、それを応用した負のエネルギー抽出装置まで作り、あまつさえタイムマシンで過去から負のエネルギーを回収する改良までしてしまった屋島教授の方がハンパない。
私には、こちらの技術の方が寧ろ驚異に見えるのだが・・・

ところで、ウルカヌスとは、おそらく「Vulcanus」の事だろう。
これはローマ神話で火と鍛冶(かじ)の神のことである。
彼は醜い神である。
彼の話は不幸の話が多い。
生まれてすぐにその醜さ故に母に捨てられてしまう。
一応、美の女神であるアフロディーテと結婚しているのだが、浮気されてしまったりするし、神話ではの扱いあまりよろしくない。
ぶっちゃけリア充氏ね、を地でいっている神様なんである。
ただまあ、逆に言えばその醜悪な姿や不幸な話でキャラを立てている神様である。
ついでに美人とも結婚できたし。
つまり、負のエネルギーも、使い方によっては人生のプラスになると言うことなんだろうか。

ところで「負のエネルギー」って、恐らく「七つの大罪」から来ているんじゃ無いかと思う。「契約」をやたらと持ち出したり、1話2話に続いて、やっぱりキリスト教からのモチーフが多い。ネオの脚本家って、そっちに造詣の深い方なのか・・・?

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