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新・私的AKB48論(その7)(改訂版1)

今回のお題は、「根性の定量化」

 なぜ最近AKBのメンバーの中で、(必ずしも本人達が望んでいるわけではないのでしょうが)バンジージャンプが大ブームなのでしょうか?

 AKBにおいては、“根性”こそが至上の美徳とされます。だから『日本アイドル史上唯一無二の存在(何故そう言われるかはいずれまた)』と評される指原莉乃は、バンジージャンプを2回連続で飛べなかった時に、(原因はそれだけでも無いのでしょうが)公演の中で他のメンバー達からボロクソに言われて泣かされ、(一目置かれてはいると思いますが)現在では基本的に全く尊敬されていません(というか、完全に舐められています)。逆にそれまで今一ブレイクしきれていなかった仁藤萌乃は、2回連続でバンジージャンプを飛び、絶叫マシーンに乗って「たのしい~」を連呼し、激辛部員としてサドンデスハンバーグに挑んだことによって、一躍スターダムに上り詰めました。…とにかくAKBでは、根性を見せないことには、出世も認知度のアップも、どうにもならないわけです。(なんかヤンキーの世界と、ちっとも変わらないですね(笑))

 では根性と言うのは、一体どういう基準で計測すれば良い物なのでしょうか。AKBがダンスチームであることを考えると、ダンスを覚える速さと上手さで競うのが順当のように思われます。…しかし才能の差は如何ともし難い訳で、ほとんど練習しなくても完璧に踊れてしまうメンバーもいれば、どれだけがんばっても結果が伴わないメンバーもいます。これでは公平では無いですよね。では体育会の乗りで、倒れるまでスクワットをやらせるという方法も考えられます。…しかしこれも基礎体力の差は当然あるでしょうし、恐らくこの後筋肉痛でメンバーが何日も動けなくなってしまうことを考えると、あまり現実的とは言えないのではないでしょうか。

 これらの点を合わせて考えると、根性の定量化の条件としては「全員に対して(出来る限り)公平である」ことと、「肉体的・精神的な後遺症が(出来る限り)少ないこと」が条件になるのではないでしょうか。そう考えると、実は『バンジージャンプ』は、根性の定量化に、最もふさわしい方法と言えそうなのです。確かに高所恐怖症のメンバーは圧倒的に不利に思えますが、落ちたら確実に死ねる高さから飛ぶとなれば、誰だって二の足を踏むでしょ?。韓国軍体験入隊の時の飛べるのが前提の時間無制限のスタイルは拷問みたいなんで気の毒としても、オーストラリアのスカイダイビングの時の自分でスタートを宣言してから3分以内に飛ぶというスタイルは、かなり洗練されていて良い感じでした(何分で飛べるかも見るべきでしょうね)。…そもそも5分で飛べないと、ほとんどの人がその後も絶対に飛べないという話なんで(本当っぽいですよね)、それ以上やらせるのは嫌がらせ以外の意味はほとんど無いと思いますし。

 現時点で20名ほどのメンバーがバンジージャンプに挑みましたが(自分からバンジーを飛びたいと宣言した近野莉菜はどうかしていると思いますが(笑))、失敗したのは今の所、小野恵令奈、指原莉乃(2回連続)、松原夏海の3名のみ。…なんか物凄く、<根性>が正確に計測されていると思いませんか?(笑)。ここから先、仮に全員にバンジージャンプを飛ばしたとして、宮崎美穂あたりは絶対に飛べない気がします(間違っていたらごめんなさい)。そんなわけで、AKBでは全員の根性の定量化が終わるまでは、ひたすらバンジージャンプの企画が続いていくと考えられます。…大変気の毒な話ですが(笑)。

(この文章の内容は、筆者の個人的な見解であり、他の如何なる個人・団体とも一切関係ありません。また文責は全て筆者個人にあります。何卒ご了承ください)

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コメント

れいにゃんは希望したのではなく、チカリナが希望したのでとばっちりでやる事になったんですよ
バンジー大嫌いって言ってたので頑張ったと思います!

投稿: さあ | 2010.01.24 14:49

確かにその通りですね(*^-^)

まぎらわしい書き方をしてごめんなさい。

投稿: 少年王3号 | 2010.01.24 22:01

ぶっちゃけ、"出来たか? 出来なかったか?"なんて、全く関係ないのだと思います。
大事なのは、"印象に残ったのか? 残らなかったのか?"…"足跡は?"…"爪跡は?"…という事だと思います。
何故なら、その子たちは、3年以内に、ほぼ全員が卒業するでしょう。そして、芸能界にステージが移った時、比較されるのは、イモトアヤコなんだから…視聴者の中に色濃く残っているだろうイモトの記憶と戦わなければならないんだから…。
たとえ、バンジーが、2秒で跳べても、何も残らない子…跳ぶ時に、一言、印象的な言葉を添えて、プチ伝説を作ろうとする子…たとえ、跳べなくても、涙を流し、感情をあらわにし、結果的に、お茶の間の心をつかんでしまう子…いろいろいると思う。そして、将来残るのは、一生懸命に取り組んだ子…決して、跳べた子じゃない。
ここに、1つの例がある。
昔々の「アッコにおまかせ」のバンジージャンプ企画。 挑戦するのは、まだ、あの当時は、アイドルだった?若き日の勝俣州和…。
生放送なのに、跳べない勝俣…。
アッコ:勝俣!どうした!
勝:すみません!もうチョット待って下さい!
アッコ:生なんだよ!
勝:わかってます!
アッコ:こわいんじゃねぇの?
勝:うるせぇ!
アッコ:"うるせぇ"って何だ!
勝:うるさい!ゴリラ!
結局、この日、勝俣は跳べなかった。しかし、スタジオのアッコとのやりとりが、あまりに面白く…なんと、この企画、次週も続ける事になったのだ…勝俣で。
そして、翌週も、アッコvs勝俣,現場ディレクターvs勝俣は続いたが、本番終了5分前ぐらいに、情けない弱々しさで彼は跳んだ、いや、落ちた。
そして、スタジオのアッコに向かって一言…"先週は、ゴリラとか言ってすみませんでした…"。 スタジオで、大爆笑するアッコ…一方の勝俣は、汗+冷や汗+涙+鼻水…。すごい対比だった。そんな勝俣に、"今度、メシでもおごってやるよ"…そして、勝俣の鼻水がキラリと光った。
あれから、約20年…アッコは、勝俣を信頼し、共演し続けている。全ては、番組に対する本気が伝わった、あの日があったから…。
その事が、"出来たか? 出来なかったか?"なんて、全く関係ない。

投稿: ピーナッツ | 2010.01.25 01:29

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