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「教えて☆AKB48!(上級編)」(その二)

「平嶋夏海の物語」(中巻)

 当時チームAに所属していた平嶋夏海のもとに、新設されるチームBへサポートメンバーという形での移籍の話が持ち上がる。つまりは戦力外通告と左遷ということだ。この時の心境を平嶋夏海は「48現象」の中で、Aメンとの別れの辛さと、未知のBメンとの出会いの不安から「かなり泣きそうだった」と後述している。1年半の間にAKBの舞台で鍛えられて精神的に大きく成長したとはいえ、当時平嶋夏海はまだ14歳の中学生だった。当時からAKB執行部のやり方は、過酷を極めていたと言えるだろう。その後あまり印象の良くないBメンとの出会いによって、「このままじゃ駄目だ」という想いから、落ち込んでいた気持ちを奮い立たせることになるが、思えばこれが平嶋夏海にとって大きな転機となった。平嶋夏海はBメンにダンスを教える担当となり、「初日くらいにやっと」(「48現象」より)ダンスを間に合わせることに成功する。この頃の様子は他のメンバーの話も総合すると、やはり相当ぎりぎりの状況だったと推察される。

 当時平嶋夏海はBメンから「中間管理職」「官房長官」というあだ名を付けられており、ダンスの先生である夏まゆみ氏のサポート的なことをやっていたと推察される。初日まで時間が足りない中、通常のレッスンだけでは到底間に合う筈も無く、時間外での反復練習は平嶋夏海の指導の元で行われた。当時14歳でBメンの中でも最年少に近かった平嶋夏海にとって、遥かに年上のメンバーにダンスの指導を行い、その上で自分のダンスもおろそかに出来ないという状況は、精神的にも肉体的にも想像を絶する状況だったことだろうと思われる。その状況は初日以降も続き、やがてBメンのほぼ全員が平嶋夏海のピョンピョンと跳ねるような独特のステップを真似る様になるのだが、それはBメンなりの平嶋夏海に対する敬意の現われだったのかもしれない。

 無事に初日を迎え、やがてチームBが軌道に乗り始めた頃、平嶋夏海を取り巻く状況は大きく変化していた。“センターボーカルになれない”という致命的な状況こそ変わっていなかったものの、実質的にチームBのリーダーとなっていた平嶋夏海は、チームA時代とは違って最重要曲のバックダンサーを務め、MCでは仕切り役を務めるようになっていた。またこの時期に始まったCSのテレビ番組「AKB48プラス10」では、ほぼ主役を務めていたといっても良い。選抜メンバーにも、二度選ばれた。コンサート「セットリストベスト100・2007」では、「シンデレラは騙されない」において(ボーカルこそ無かったものの)チームKの大島優子と秋元才加をバックに従えてセンターでダンスを披露し、「星の温度」では高橋みなみに続くセカンドボーカルとして歌も披露した。このように、一度出来た<序列>がほとんど覆えることがなかったAKBにおいて、何かが確実に変わろうとしていた。

 一方この頃、チームAの高橋みなみは伸び悩んでいた。歌・ダンス・トーク(すべるのもキャラの内だと思う)と隙の無い高橋みなみだったが、天性の資質だけはどうにもならなかった。それは背が伸びなかったこと。上背が148cmで成長が止まってしまったことは、AKB選抜メンバーのセンターボーカルを務めるには致命的だった。この時期選抜のセンターボーカルのポジションを前田敦子に明け渡し、我慢の時期を迎えていた高橋みなみにある朗報が舞い込む。自分の好きなプロダクションへ移籍することが認められたのだ。高橋みなみは大手プロダクションである「プロダクション尾木」へ移籍し、ダンスの天才と謳われる峰岸みなみ、AKB随一の美形と言われる小嶋陽菜と共に歌手ユニット「ノースリーブス」を結成し、念願のメジャーデビューを果すことになる。

 そしてチームBの平嶋夏海は2008年に入って激動期を迎えていた。チームB初のオリジナル公演「パジャマドライブ」は、ファンの間から“神公演”と呼ばれ絶頂期を迎えていたが、その最中に盟友・菊地彩香が不祥事を起こし解雇処分を受けたのだ。解雇の翌日のチームB公演(やらせる方もやらせる方だ)では、足がすくんで舞台に出られないメンバー達を尻目に、平嶋夏海は唯一人舞台に飛び出し、「みんな、大丈夫だから」と言ってメンバー達を舞台に迎え入れたとされる。その後さらに一名の卒業生を出し満身創痍となったチームBだったが、逆境でこそ力を発揮する平嶋夏海を中心に団結して難局を乗り越えると、コンサート「セットリストベスト100・2008」では、「大声ダイヤモンド」を押さえてチームBの「初日」が一位を獲得し、今まで歩んできた道が間違っていなかったことを証明したのだった。

 もっと大きな朗報もあった。AKBでは恐らく初めての(あるいは最後の?)バックダンサーでありながら実質的なリーダーというポジションについていた平嶋夏海も、ついに高橋みなみと同じ「プロダクション尾木」への移籍を決めたのだ。今まで移籍を決めたメンバーはほとんどがセンターボーカルタイプであり目立つポジションの者ばかりだったのだが、平嶋夏海はバックダンサーとしては初めて大手プロダクションへの移籍を果したのだった。チームA在籍時であれば移籍なんて夢物語だったことであろうが、この時期の平嶋夏海はチームAの前田敦子、チームKの大島優子と比べても遜色の無い(とまで言うのは言いすぎだが)エース格。その勢いのままに、仲良し3人組(ここでは菊地彩香については触れない)と共に移籍を果し、歌手ユニット「渡り廊下走り隊」を結成するとリーダーに就任し、メジャーデビューを果すことになった。…ほんの一年半前には、望んでも決して得ることが出来なかった、高橋みなみと競い合うことを許されるポジションを得た瞬間だった。(以下次号)

(この文章の内容は、筆者の個人的な見解であり、他の如何なる個人・団体とも一切関係ありません。また文責は全て筆者個人にあります。何卒ご了承ください)

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コメント

僕は、なっちゃんを、ずっと前から、アイドルとしては珍しい、"2番バッタータイプ"だと思ってきた。みんな、1番や4番を打ちたがるのが、普通で…ダメなら、3,5,6,7…。
実は、野球の世界では、2番に、最も心の強い、心の折れない選手を置いているチームが、実は、1番強いと言われている。
そういう意味で…。
1番 仲川
2番 平嶋
3番 柏木
4番 渡辺
5番 浦野 ・・・
実は、ここまでが、不動であった。しかし、悲しいかな…層が、若干、薄い…だから、シャッフルは、チームBにとって、いい方に働くはずである。
いや、4番争いが、楽しみだなぁ〜。2番,3番が、崩れようがないので、実は、チームBは、グッチャグチャになっても…強い。
本当に、弱いのは、実は、チームAだと思う。

投稿: ピーナッツ | 2009.12.25 19:43

(記2009/12/27)
 非常に的確な例えだと思います。筆者の好みとしては、「1番指原」「5番多田」なのですが(笑)。

 おっしゃる通り、今までBヲタにとって頭が痛かったのはセンターボーカルの駒不足でした。だから研究生の加入時に、Bに宮崎・北原、Aに中塚・小原を振り分けていれば、チームシャッフル自体が必要なかったのではないかと今でも思っています。まあシャッフル自体が面白そうなんで、別に良いんだけどね(笑)

チームAが弱そう、という考えにも全面的に賛成です。Aは個々の実力の高さに依存して、“自由人の集まり”というお題目で組織化を怠ってきたチームなので、個々の力が落ちた今となっては、非常に厳しい物があります。また巷でよく言われている「秋元・高橋のリーダーシップは見事だが、平嶋は学級委員タイプでリーダーシップが弱い」という意見にも反対です。もしそうなら、ノースリーブスが渡り廊下走り隊に遅れを取る様な事態にはなっていない筈です。さらに前田・小嶋・篠田が常に別の仕事で留守がちになってしまうとなると、…Aはかなり危ないと思います。

投稿: 少年王3号 | 2009.12.28 07:42

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