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私的AKB48論(その5)AKB48立ち上げ時の勝算(その一)

 前回までで、AKBが他のアイドルと比べて如何に採算分岐点が低く、より優れたビジネスモデルであるかということはお分かりいただけたことと思う。しかしこれはシアターが毎回確実にお客さんで一杯になっている現状だからこそ言えることであって、これが無ければ文字通り“取らぬ狸の皮算用”となるリスクも十分にあった。成功の保障など誰にも出来ないわけで、如何にしてリスクヘッジを行ってきたかを今回は述べてみたい。

 おニャン子クラブ以降、類似したグループは多数存在した。しかしその中でも大手の「東京パフォーマンスドール」「南青山少女歌劇団」「制服向上委員会」などが次々と終焉を迎えていくのを横目で見ながら、主要ライバルが低落基調のハロプロ系オンリーに絞り込まれた所でAKB48は立ち上げられた。秋元氏としては楽曲に関してはそれなりの自信はあったと思うが、振り付けに関してはそれほど詳しくなかった筈で、だからこそモー娘。の立ち上げ時の主要スタッフであり振付師の夏まゆみ氏(ラブマシーンなどの振り付けを担当していた)を一本釣りでAKB立ち上げメンバー(というか結果的にAKB全楽曲の振り付け担当)に迎えた。夏氏は、ウィキなどを見ると、その厳しすぎる指導に批判も多いようだが(モー娘。の元メンバーが脱退時に「本当はダンスが好きではなかった」と言う趣旨のことを言っていたが、夏氏の指導が嫌だったのかもしれない)、“48現象”を見る限りでは、メンバーもスタッフも素人ぞろいで時間も全然足りないという状況で夏氏の豪腕無くしては、立ち上げは不可能だったと言えそうだ。夏氏のホームページを見ると、ベリーズ工房やキュート(ついでに中川翔子とリアディゾンも)の振り付けもやっているようなので、もはやアイドルの振り付けと言えば、この人しかいないのかもしれない。

 もう一つ、常打小屋の設置がAKB最大の特色だが、同じお金をかけてテレビ進出で名前を売るのではなく、あくまでも毎日公演を行うことを優先に考えたのが、秋元氏の天才の所以であろう。これは過去のおニャン子のフォロワー達がほとんど行わなかったことであり、これが可能だったのは前記のようにAKBの採算分岐点が非常に低く抑えられたためだと考えられる。そして常打小屋を持つことによって、さらに採算性が高くなるという正のループを描くこととなった。逆に常打小屋を持つということは、どんなコンディションであろうと公演を続けていくという鉄の覚悟を固めることでもあり、「やっぱり辞めた」という言葉を、他のアイドルグループ以上に言えない状況に自分達を追い込んでいくことでもあった。実際AKBはハードな舞台が毎日のように続く状況で何人もの怪我人を出し、公演続行が危ぶまれる事態に何度も追い込まれている(“48現象”による)。従ってAKBにとって、人数を増やし続けチームを増設し続けることは、常打小屋を持った時点から運命付けられている方向性でもあったと言えるだろう。

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コメント

"本当は、あまり、ダンスが好きではなかった"
"好きとか、嫌いとか、厳しすぎるとか"
正直、関係ないやん!って思う…プロなんだから。同時に、夏先生の方が、モーニング娘。?ハロプロ?を見限っていたのではないか?と推測してしまう。

投稿: ピーナッツ | 2009.12.27 18:55

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