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Myアニメ感想文:「機動戦士Zガンダム 星を継ぐ者」(2005年)(邦画)

8月8日、CSにて放映。(珍しく)ネタばれ無し。

 Zガンダムのテレビ版放映がされていたころ、リアルロボットという言葉がもてはやされました。この「リアル」という言葉の意味について、現在に至るも筆者が納得できる返答を得たことは無いのですが、皆様はどのように思われますでしょうか。筆者が考えるのは、冨野監督が常に問い続けていた、「正義と悪の相対化」こそが「リアル」という言葉の意味する所ではないかということです。

 つまり「マジンガーZ」を祖とするロボットアニメは、正義と悪が非常にはっきりとしていました。しかし現実というのはそんな単純なものではない。お互いに自分が正義だと信じている者同士の間ですら、争いは起こるし、ドラマは展開していく。例えば、恋愛の三角関係に、明確な正義と悪が存在するでしょうか。スポ根ドラマの勝負のシーンに、明確な正義と悪が存在するでしょうか。国同士の軋轢に、明確な正義と悪が存在するでしょうか。つまり冨野監督は、ロボットアニメを正義と悪がはっきりと分かれた「子供向け」のドラマから、お互いの正義をぶつけ合う「大人のため」のドラマにしたかったのではないか。それが「リアルロボット」と言われるムーブメントなのではないか、と筆者は考えたわけです。

 実際冨野監督が作った「海のトリトン」はその方向性で評価されたし、リアルロボットの祖と言われる「無敵超人ザンボット3」も同様の評価を得ました。白眉はやはり「機動戦士ガンダム」であり、ゲーム「ギレンの野望」などを見ても、どちらの立場からでも正義が語れるということは、十分証明されているのではないかと思います。その後「伝説巨神イデオン」「戦闘メカザブングル」に関しても、同様の評価を行っても良いと考えます。

 ・・・そろそろ何を言いたいか判っちゃったかな?(笑)。筆者はこの定義を当てはめた場合、Zガンダムが果たしてリアルロボットであるのか、非常に疑問だと考えています。ありていに言って、ティターンズにはどこかにほんの少しでも、正義があるのでしょうか。筆者はノーだと考えます。演出的に見ても、悪の組織そのものに描かれているし、その行動にも、どうにも言い訳できないことが、あまりにも多すぎます。軍隊でありながら人質作戦を使う、ほとんど意味もなく一般人しかいないホンコンシティを爆撃する、Gガスの使用も意図があまりにも不明すぎます。つまりZガンダムはファーストガンダムなどのリアルロボットと同列に語るべき作品ではなく、マジンガーZなどと同様の、子供向けのスーパーロボットアニメとして語るべきものだと考えているということです。

 試しに「ギレンの野望」ならぬ「ジャミトフの野望」というゲームを想像してみてください。一体どういう戦略をとって、どういった結論に辿りつけば勝利と言えるのか、明確にイメージできますでしょうか。まあ全てのコロニーを制圧して、地球の大統領にでもなれば勝利と言えるかも知れません。では逆に大統領になるために、「ホンコンシティ」への爆撃はメリットなのでしょうか。大統領になるために「30バンチ事件」メリットなのでしょうか。もし「ジャミトフの野望」というゲームが実在すると仮定して、筆者がこのゲームをやった場合、、(どうすれば勝利なのかすら判然としませんが)もし大統領になるのが目的なのだとしたら、筆者ならアニメ内で行われた作戦の大半は、まず行わないのではないかと思います。Zガンダムのストーリーと言うのは、リアルロボットと考えた場合、その位支離滅裂なものだと言えると思います。

 そう考えると、なぜゲーム「スーパーロボット大戦」シリーズからファーストガンダムが早々に姿を消したのに対して、ZガンダムがいつまでもマジンガーZと共に登場し、強力な敵と互角に戦えるのかということもはっきりと判ると思います。Zガンダムにおけるモビルスーツは、ファーストガンダムのように現用兵器的な系統立てた形で生み出されたものではありません。マジンガーZと同様に、天才博士によって「こんなことあろうかと思って、用意しておいたんじゃ」というテイストで生みだされたものばかりです。Zガンダムはニュータイプであるカミーユ本人によって、メッサーラはシロッコという天才科学者によって、サイコガンダムはニュータイプ研究所という秘密研究所によって。だから理屈は通らないけど、Zガンダムはとにかく強い。マジンガーZとテイストは全く同じです。

 ZガンダムはマジンガーZと同列の作品なのだ、ということは判ってもらえたと思います。さてそういった目でZガンダムを見ると、本作の欠点が大きく浮かび上がってきます。とにかく、話が判り難すぎる。本来子供向けのフォーマットで作られているZガンダムは、リアルロボット並の複雑なストーリーを組み込んだ結果、非常にバランスの悪い作品に仕上がってしまったと考えます。つまり「訴求対象が何歳の誰なのか」が全く判らない作品に仕上がってしまったということです。本来ならば、悪のティターンズを倒す、正義のZガンダム、という単純な構図にするべきでした(後の「Gガンダム」や「ガンダムSEED」と同様に、と言うことです)。それができなかったために、Zガンダムは、作品をパーツ毎に分解して鑑賞できるファンしか得ることができなかったのではないでしょうか(例えば「MSの戦闘シーンがかっこいい」「フォウがかわいい」という、ストーリーとは関係ない所で作品を楽しむことができるファン層です)。

 もう一つは、エウーゴを絶対的な正義の組織として描くことができなかったこと。そのためマジンガーZでは明確に得られる勝利のカタルシスが半減(もしくはそれ以下)してしまったこと。ファーストガンダムやイデオンのように正義と悪が相対化された作品ですら、少なくとも主人公たちは自らの陣営の正義(少なくとも生きる権利)を信じて行動していたのが、Zガンダムでは、エウーゴは環境テロリストとされる集団であり、使っている兵器すら「政治的裏工作」の結果手に入れたものばかりという状況で、一人一人が私怨以上の何を持って戦いに望んでいたかは、非常に疑問であるとしか言いようがありません。カミーユ、ファ、ブライトと、一人づつ並べて、彼らが何のために戦っていたかを徹底的に詰めて行った場合、その動機のあまりの曖昧さに驚くのではないでしょうか(彼らはあくまでもテロリストの集団であって、軍人ではないのです)。冨野監督の豪腕が無ければ、端から物語として成立しえる作品では無かったとすら言えるかもしれません。

 おおお、どこまで書いても終わらない(笑)。本作の感想(とガンダム世界におけるマスコミ論)はまた次回、「恋人たち」にて。でもいつになったらCS無料枠に落ちてくるかな~(自爆)

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