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アニメ脚本家烈伝:<弐の巻>〝スーパーヒットメイカー”星山博之 その一

<序章>

 星山博之は、恐らく日本アニメ界において最もヒット作を多く紡ぎ出した、ヒットメイカーである。

 作る作品は次から次へと続編が作られ、OVAが作られ、映画が作られる。またおもちゃは馬鹿売れし、LDは馬鹿売れし、グッズは馬鹿売れする。星山先生の一作よって倒産寸前のおもちゃ会社は息を吹き返し、数年に及ぶブームが起こり、マニアは同人誌を作りまくる。星山先生は70年台から80年代にかけて、文字通りアニメ界を牽引していくことになる。・・・この功績が、星山先生に経済的に反映されていれば言うことは無いのだが、実勢は由も無い・・・。

 アニメの脚本における要素として、コンセプト(設定・世界観など)、ストーリー(物語の流れ、テーマなど)、キャラクターの3要素があると思う。コンセプトに優れた作家としては五武冬史・松崎健一などがいるが、星山先生はストーリーとキャラクターに優れたタイプ。目新しさはあまり無いものの、コンスタントな高レベルでの安定感は、同世代の脚本家の中では群を抜いている。星山先生の特徴は、下記にまとめる。

 ところで今回の星山伝は、正直言って五武伝と比べるとあまり面白くないかもしれない。例えば五武先生のフィルモグラフィは、良い意味でも悪い意味でも起伏に富んでおりドラマ性があるのだが、星山先生のフィルモグラフィはただひたすら勝って、勝って、勝ちまくるだけの話だ。しかし星山作品のキャラクターは、一般層・マニア層を問わずとても人気が高いのだが、萌えヲタクにもてはやされるようなキャラクターはほとんど創造していない。また属性分類などの"計算”づくで作品の構成を行っている様子もほとんど見られない。現在のアニメの作り方とは全く異なっているわけだが、結局人々の心に残る作品を作リ続けたは星山先生の方だ。今回の星山伝を読んで、現在のアニメ脚本のあり方が本当に正しいのか一考いただければ幸いである。以下星山先生の六つの基本法則を記しておく

第一法則:「星山先生の作るアニメは、必ず映画化され、OVA化され、シリーズ化される」:これらは本当に凄いことである。原作付き作品で原作人気で映画化、というなら話は判る。しかし星山先生の場合は、完全オリジナル作品でこれを成し遂げていくことになる。現在でこそメディアミックスが標準的なスタイルとなり、アニメ関連のDVD、ドラマCD、ゲームなどが発売されるのが当然の流れになっているが、星山先生が活躍した80~90年代にはそういった流れはほとんどなかった。しかも当時の映画化と、現在のゲーム化では、難易度の桁が違うよね?。なぜこれほど星山作品がファンに愛されたのか考えてみて欲しい。

第二法則:「星山先生の作るアニメはおもちゃが馬鹿売れし、LDが馬鹿売れし、爆発的なブームを生む」:これもまた凄いことだが、事実なのだから仕方が無い。それもキャラ萌えなどの偏った人気ではなく、スポンサーが望む形で売り上げを上げるスタイルは見事としか言いようが無い。スポンサーが望むものを作り、視聴者が望むものを作り、テレビ局が望むものを作り続けた星山先生。方向性が限られた作品しか作れないアニメスタッフが多かった時代に、これほど幅広くニーズに答える作品を作り続けた作家は他にはいない。おそらくマーケティングというものをきちんと理解していた、稀有な作家であったということだろう。そしてこれほどコンスタントにスポンサーに貢献したアニメ脚本家も、他にはいないと思うのだが・・・。

第三法則:「星山作品には、基本的に路線変更は無い」:これも相当に凄いことだ。人によっては作る作品が片っ端から路線変更を強いられ、最初の目論見が最後には何一つ残らない作家もいる(五武冬史とか・・・)。ここまで極端な例はそれほど無いにせよ、脚本家は大なり小なり路線変更は経験していることと思う。しかし星山作品にはそれがほとんど無い。星山先生が、如何に判りやすいコンセプトと優れたストーリー展開によって物語を組み立ててきたかということに対する証左と言えよう。

第四法則:「星山先生はの作品は、必ず最後はハッピーエンドに終わる」:そもそも星山作品を意識して見ている視聴者自体がほとんどいないとは思うが、仮に意識してたとしてもこのことに気がついている方はほとんどいないのではないだろうか。世の中には、何本書いても最後が悲劇になってしまう脚本家もいる(鳥海尽三とか)。これは筆者の個人的な考えだが、「ハッピーエンド(大団円)」は視聴者に満足を与え、「バッドエンド(悲劇)」は視聴者に感動を与えるのだと思う。しかし星山脚本はハッピーエンドでありながら視聴者に感動を与えられる数少ない脚本家であると思う。星山先生がストーリーテラーとして如何に優れていたかという傍証であろう。

第五法則:「星山先生は、何を作ってもガンダムになる(コンセプトに元ネタがある)」:少し誇張した言い方だが、星山先生は基本的にコンセプターではないので、コンセプト自体は借り物であることが多い。他の著名な作品から借りてくる場合も多いのだが、自らの作品である「機動戦士ガンダム」を何度も使いまわすということも行っている。・・・何のことだか判らないと思うが、それは個別論にて。

第六法則:「星山先生はオリジナル作品には強いが、原作付き作品にはさほど強くない」:星山先生の唯一の欠点である。これは星山先生がストーリー、キャラクターにとても強かったことも影響していることと思う。大抵の原作なら、明らかに星山先生に一から作らせた方が良いものができるのに、と感じることは数多い。素人の筆者がそう感じるのだから、星山先生本人はさらに強くそれを感じていたのではないだろうか。星山先生がつまらなそうな原作(「おまかせスクラッパーズ」など)を押し付けられて実力を発揮しきれない状況を、筆者も歯軋りしながら見ていたものだ、なぜ星山先生に一から任せられないのかと!。そして後年は、原作付き作品(「パチスロ貴族銀」など)を序盤で放り出してしまうということも、幾度か起こることになる。

※1:本文章は、星山先生をはじめとする関係者に、一切の了承・取材を行っておりません。事実関係に関しては大きな誤りは無いと思いますが、関係者の心情などに関しては、全て筆者の想像・憶測・妄想によって綴られております。本当だったらいいな~とは思いますが、根拠は一切ありません。全ての作品を見てきた一ファンの戯言ということでご了承ください。なお敬称略についても、敬意の表れということでご了承ください。なお明らかな間違いなどに関しては、指摘していただければ非常に有り難いです。

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