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アニメ脚本家烈伝:<弐の巻>〝スーパーヒットメイカー”星山博之 その五

「機動戦士ガンダム」(1979年)

 本作を持って、星山先生は下請けから卒業することになる。ガンダムについては様々な人が様々な角度から述べているので、今更付け加えることはほとんどない。

 そこでここでは“持ちキャラ”(筆者の造語)という概念について説明してみたい。持ちキャラというのは、各担当者毎の受け持ちキャラクターのことである。ある特定のキャラクターのメインエピソードは、特定の脚本家によって書かれるのが普通だ。その結びつきを「〇〇というキャラクターは、××という脚本家の持ちキャラだ」という言い方をする。極端な例を紹介すると、「美少女戦士セーラームーンSS」という作品があるのだが、そこにダイアナという子猫が出てくる。これはルナとアルテミスの娘で未来からやって来たのだが、とにかく不評だったようでダイアナが出てくるエピソードは脚本家が「杉原めぐみ」の時ばかり。あげく杉原がセーラームーンからお払い箱になった回に未来に帰ってしまったのだ。こういった時に、“ダイアナは杉原めぐみの持ちキャラだ”という言い方をする。

 これはあまりにも極端な例だが、全ての作品には大なり小なりこういったことは存在する。もちろんガンダムの場合も例外ではない。ここで主な脚本家による持ちキャラを記しておく。

星山博之:
<シャアアズナブル>:星山先生屈指の名キャラクター。主な転生先はサイバーフォーミュラのナイトシューマッハ(ザク時代のかっこいいシャア)、同じく新城直樹(ズゴック以降のちょっとなさけないシャア)。筆者に言わせれば星山先生の書いていないシャアなんて本物じゃないので、クワトロバジーナは絶対にシャアなんかじゃない!!(後半は松崎氏がメインで書いてる。だから性格がちょっと変わってしまっている)
<カイシデン>:星山先生が書いたミハルの回なんかに大活躍。後に様々な星山作品に転生する。主な転生先はバイファムのバーツ、サイバーフォーミュラのブリード加賀など。
<マチルダアジャン>:こういう味のあるキャラクターは、Z以降本当にいなくなるね・・・。死に際は山本優なので、あんまり盛り上がらず
<フラウボウ>:こういった世話好きなキャラは星山先生の十八番で、本当に様々キャラに転生する。バイファムのクレアとか。Zのファがさっぱり家庭的ではないのは星山先生が書いてないから(断言)
<アムロのお母さん>彼女も星山先生の持ちキャラなので、Z以降消息不明に(泣)

松崎健一:
<ランバラル>:豪放磊落、部下に慕われ、酒も飲むし、良い女にもモテモテの叩き上げのエースパイロットという設定は、マクロスにてロイフォッカーという形で転生する。ラルの死に際があんまりかっこよくないのは、その話を山本優が書いてるから。
<スレッガーロウ>:見事に松崎脚本にしか登場しない。彼もロイフォッカーの元になったキャラクター。自分で死に際を書いているので、かなりの名シーンなっていると思う。
<ドレン>:松崎氏一番のお気に入りとの事。もちろん松崎脚本でしか活躍しない。ドレンの死に際は松崎氏が自分で書いていることもあって、あっさりしているけど筆者は結構好き。

荒木芳久:
<イセリナ>荒木脚本でしか活躍しない。死に際を自分で書いているのでそれなりに盛り上がる。
<ガデム>一話しか登場しないんで(笑)
<ククルスドアン>一話にしか登場しないんで(笑)

山本優:
<黒い三連星>こういった無頼なキャラクターは、銀河仕置き人シリーズ(ブライガーとか)などで様々なキャラクターに転生。ガンダムでは色々なキャラクターの死に際を書いた山本氏だが、ガイア・オルテガの最後は荒木氏が書いているので、全然盛り上がらない。
<ガルマザビ>ほとんど山本脚本でしか活躍してない生粋の持ちキャラ。死に際も自分で書いているので、相当盛りあがる。転生先はブライガーのカーメンカーメン辺りかな?。Z以降こういう腐女子受けする美形キャラもいなくなっちゃうよなあ、描けるライターが居なくなっちゃったせいで。

共通(あえて言えば富野監督の持ちキャラか?)
<アムロレイ>みんなで書いているのでけっこう破綻した性格になってます。共同作業なんで当然なんだけど。おかげでZ以降も無理なく登場
<ブライトノア>上に同じ。成長という一番難しいところをガンダムで終えてしまっているので、Z以降は描くのが楽なキャラクターになってるのでないか。そんなわけでZ以降も特に問題なく登場

 何を言いたいのかというと、なぜZガンダムにランバラルのようなかっこいい職業軍人が出てこないのか、なぜ黒い三連星のような無頼な職業軍人が出てこないのか、なぜZ以降カイシデンやセイラマスといった重要なキャラクターがさっぱり出てこなくなるのか、なぜシャアアズナブルの性格が別人のように変わってしまったのか。こういったことは全て、「彼らを持ちキャラにしていた脚本家の首を全て切り飛ばしてしまったから」という一言で説明できてしまうというわけなのだがいかがだろうか。

 思えばガンダムには、優秀なキャラクターメイカーが揃っていたと思う。それにイメージ的な基本部分としてのコンセプターとして富野監督が、実質的なコンセプターとして<天才コンセプター>松崎健一を擁し、優秀なストーリーテラーである星山先生が参加したガンダムは、非常にバランスの良い作品であった。五武冬史に時間があれば五武がシリーズ構成を行っていたのは確実と思われるが、その場合富野監督・五武冬史・松崎健一とコンセプター3枚を擁し、逆にストーリーテラーが不在となってしまったガンダムは、相当バランスの悪い作品になっていた可能性が高い。・・・それでもマニア的には、五武・松崎という当代随一の二大コンセプターの最初で最後の夢の競演は見て見たかった気もするけど。まあラーゼフォンの例を見ているので、成功するはずは無かったと言われればそれまでなんだけど。

 作品総括を。ガンダムの後の大ヒットをご存知のことと思うので、第一~二法則は100%問題無い事と思う。第三法則に関しては・・・、大まかな所では変化は無いものの、細かい所で言えば青春群像ものから人類革新もの(ニュータイプ論)に見事に路線が変わっちゃってるよね。ただこの辺りが星山先生が富野監督と袂を別った一因であるのは間違いないのではないだろうか。第四法則のハッピーエンドも問題なし。っていうかガンダムで星山先生を手放した富野監督は、この後感動的な<ハッピーエンド>を一切描けなくなってしまう。第五法則でのガンダムの元ネタは、ロバートAハインラインの「宇宙の戦士」なのは言うまでも無いことだろう。そんなわけで、星山先生のビクトリーロードは、ついに幕を開けたのであった。

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コメント

ダイアナはそうだったんだー。確かに影薄かったかも・・・まあそれも味なのでしょう。

確かに書けるキャラクターというのは、人によって決まるところは大きそうですね。以前のボトムズのキリコのとこでも書いてありましたけど。

脚本家の生い立ちとか知り合い関係(知り合いの性格とかがキャラ作成に利用されていることはないでしょうか?)とかがわかる立場の人だと、もっと深く読めるのでしょうか?

投稿: harada | 2006.01.18 23:32

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