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ウルトラマンマックス 実相寺監督作品

少し忙しくビデオの消化が「ウルトラマンマックス」まで回らなかったが、ようやくここ数週間のものを纏めて観た。
印象に残ったのはやはり実相寺監督の手がけた「胡蝶の夢」と「狙われない街」である。

以下ネタばれ感想

第22話「胡蝶の夢」

大問題作再び。

スランプに悩む、TV番組「ウルトラマンマックス」の脚本家「蓮沼」は、その番組の主人公「カイト」と一体化した夢を見つづける。
「蓮沼」=「カイト」は、夢に出てくる女にどのような怪獣を番組に出すか意見を聞かれ、球体の怪獣「魔デウス」を産み出す。
物語が進行していくに従い「蓮沼」=「カイト」の世界は曖昧となって行き、そして遂には二人は入れ替わってしまう。
本来の主人公である「カイト」は「蓮沼」にウルトラマンマックスに変身して、自らが産み出した怪獣「魔デウス」を倒すように指示し、そしてウルトラマンマックスが勝利する脚本を自ら書き上げる。

いやー、面白いんだが、流石に面食らった。
朝っぱらから、実相寺監督独特の面妖な映像のオンパレード。
最近のマックスは、どちらかと言うと怪獣バトルものというよりも、取り合えず怪獣が出てくる、何でもありのバラエティー豊かな作品群、という趣が強い。
雰囲気としたら、ウルトラQやウルトラマンに近いものを感じる。
その中でもこの話は極北だろう。ちょうど、同じ世界観を貫いた「ウルトラマン・ネクサス」の対極に位置する話だといってもいい。

第24「狙われない街」

ウルトラセブン傑作回として、第8話「狙われた街」という話がある。勿論、実相寺監督の撮った話である。
「狙われない街」とは、そのリメイクといって良い話だ。
本作品には、基本的なストーリーラインもそうだが、そこかしこに「狙われた街」の名シーンを再現している。

 赤い結晶入りのタバコを吸って、ライトの加減で凶暴化する演出。

 ちゃぶ台を挟んで会話するメトロン星人とセブン。

 夕日の町並みを舞台に、対峙する巨大なメトロン星人とウルトラセブン。

名シーンと呼ばれるこれらのシーンは、今回の「狙われない街」でも再現されている。

しかも、しかもである。
今回は「狙われた街」の後日談といった趣の話である。

かつてウルトラセブンとの死闘の末、アイスラッガーにより真っ二つにされた「メトロン星人」は、地球人の介護により実は生きていた!!(斬られた傷跡が痛々しい^^)
彼は40年も、日本(恐らく円谷の怪獣倉庫)に潜伏し、そして最近の携帯電話をはじめとする文明の利器に頼りすぎた人類を見て、これはもうかつて自分がしたようなタバコによって地球人を滅ぼす必要は無く、勝手に衰退すると見切りを付け、ちょっと携帯電話による人間凶暴化の悪戯をした後に、地球を去っていく話。
なんていうのか・・・年寄りが若いものに愚痴や説教をしているようで、うーむ、随分と歳をとったなメトロン星人、と思ってしまった。
光と影の強烈なコントラストを利用した実相寺監督独特の映像も健在であり、またシニカルかつコミカルな演出は流石だと思う。
夕日をバックに、バイバイとマックスに手を振りながら、円盤と共に帰還するメトロン星人は、さながら歴戦を闘った老兵のようである。この話では全くマックスと闘わなかったが、清清しいラストになったと思う。

しかし、マックスは実はセブンと同じ世界だったとは・・・
もうトミオカ長官、実はウルトラマンであったことをカミングアウトしても、おかしくないかもしれない^^;


さて、今回は特に実相寺監督ということもあったのだが、こういった話を作るのならウルトラマンマックスも捨てたものではないと思う。
平成仮面ライダーのリアル、連続ドラマ路線を目指し失敗した「ネクサス」の反動としてマックスは企画された。
話は1話完結で、しかも1話毎に世界観や演出もバラバラだが、逆にバラエティーに富んだ話が作成でき、こういったイレギュラーな傑作回を産み出すウルトラマンという番組も、なるほど創る意義はある。

しかし「胡蝶の夢」のようなメタフィクションっぽい話を放映するのは、どうかとも思う。ウルトラマンにおいて、というか、子供向け特撮番組において、メタフィクションで話を作ってしまうのは(私が知らないだけかもしれないが)前代未聞である。
正直、例えば私のように長く映像作品に接しているもの(ヲタク)には、今回の話はやや物足りなくはある。だが、こういった話を初めて観るような子供には難解だろう。

メトロン星人が出てくる「狙われない街」も、「狙われた街」へのオマージュ色が強く、どちらかと言うと特撮ファン向けの作品だ。
そして、そこで皮肉っている現代社会の病巣は、もともとエコロジー色の強いマックスにおいても、やや異様に見える。

以前、確かウルトラQ倶楽部のCDでの座談会だったと思うが、実相寺監督はかつてのウルトラマン撮った時に「子供向けとして創っていない」旨のことを仰っていた。
ウルトラマンやセブンは(新マンやエースくらいまでは)、大人になって見直してみると、大人にしか解らないようなメッセージを感じることができる、と言われている。自分で観ていても、大人向けの寓話の様に感じられる話は確かに存在する。
つまり実相寺監督等が創った作品は、子供は勿論、大人の鑑賞にも堪えられるように創られているのではないか。今回の2作品を観て、実相寺監督はそのようなものを目指しているのではないか、と強く感じた。
そして時代を超えて語り継がれる作品というものは、恐らくそういうものではないか。

マックスが時代を超えて語り継がれる名作になるかは不明だ。
実相寺監督が撮った作品の片方が、やや難解かつ演出過多であり、もう片方はセルフ・オマージュであるのが少し頂けないが、もし語り継がれていくとしたらこういった作品だろう。
あるいは、そういった作品を産み出すことを許容しているのが、現在のマックスの強みかもしれない。

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コメント

>第24「狙われない街」

すごく味を感じるなあ。「狙われた街」と並べてみるとよさげですね(もう細部は覚えてないからなあ>セブン)。

投稿: harada | 2005.12.13 00:41

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