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アニメ脚本家烈伝:<弐の巻>〝スーパーヒットメイカー”星山博之 その三

「無敵超人ザンボット3」(1977年)

 日本サンライズの旗揚げ作品にして、富野良幸監督作品。構成に“ロボットアニメの職人”五武冬史を迎え、<ガンダムまで後二つ>という、意気込み満々の作品となった。

 星山先生はザンボットでは3話しか脚本を描いていないのだが、五武氏のコンセプトに良く応え、上手にストーリーとキャラクターの部分をサポートしていくことになった。主にブスペアのアキをメインに描いたのだが、勝平の祖父母が特攻する話は、筆者的にはザンボットの中でも五指に入る名エピソードだと思う。

 さて星山先生の五武冬史との出会いは、76年の「ジェッターマルス」ではなかったかと思うのだが、この後も一緒に様々なロボットアニメを作っていくことになる。しかし年齢も実績もはるかに上であった五武冬史と、実にこの3年後には力関係が逆転してしまうのだから、人生とは判らない物である。ここで五武氏冬史が富野監督と袂を分かち、長浜監督の下に行っていなければ、2年後に作られたガンダムは誰が作っていたか判ったものではない(というか、五武冬史がガンダムの構成を行っていたのは確実)。その点では星山先生は幸運だったと言えるかもしれない。

 本作は星山作品とは言い難いのだが一応そのフォーマットで言っておくと、「星山第五法則」におけるザンボット3のコンセプトの元ネタは、恐らくSF小説「バーサーカー皆殺し軍団」(フレッドセイバーハーゲン作)だと思われる。まあぱくったのは五武冬史なんだけど(笑)。さらにこれも星山先生のお陰とは言い切れないんだけど、「星山第一法則」によってザンボットはシリーズ化され(サンライズはこの後数十年に渡って、テレビ朝日土曜17時30分の枠でアニメを作り続けることになる)、これがガンダムに繋がっていくことになる。また「星山第一法則」「星山第二法則」により、日本サンライズは安定した視聴率とスポンサー(クローバーのこと。超合金が良く売れた)を得たことによって、アニメ業界に生き残ることに成功したのである。「星山第四法則」によってハッピーエンドに終わったのは当然のことである。いずれにせよ、本作より星山先生の伝説が始まったことだけは間違いないだろう。

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