« 「鉄腕アトム第56話〝地球防衛隊の巻”」(1963年) | トップページ | 「勇者ライディーン(改訂版1)」(1975年) »

「ゼロテスター(改訂版1)」(1973年)

アニメ脚本家烈伝:<壱の巻>〝ロボットアニメの職人”五武冬史(鈴木良武) その三

 鉄腕アトムから、10年が経過している。その間、手塚治虫原作の虫プロ作品である「ワンダー3」「どろろ」といったSF的(ちょっと苦しいか?。でも「あしたのジョー」よりはSF的でしょ?)作品(第三法則)で中核的な役割を果たしてきた五武先生にとっては、第二の処女作となる。なんと完全オリジナル作品で、初のシリーズ構成を務めることになったのだ(第二法則)。気合の入り方だって全然違う。なんせOPの作詞まで、五武先生がしているのだ。

 実は今回の企画は、今までほとんど未視聴だったゼロテスターをCSで全話観る機会を得たことが発端になった。そんなわけで、何の偏見も無い目でOPを見ると・・・、ってこれはどこからどう見ても、「サンダーバード」と「謎の円盤UFO」そのまんまやんけ!。なるほどITCの作品をアニメでやりたくて、この企画を立ち上げたわけね。で、災難救助だけだと地味なんで、異星人の侵略も絡めてみましたと。ちなみにバトルフィールドは(第四法則)、「どことも知れない空気の無い惑星上」これなら他人に迷惑をかけなくて済むね。で、これが面白いかというと・・・。

 同じ合体戦闘機物ということで、比較論を行ってみたい。ゼロテスターが始まる一年前に、「科学忍者隊ガッチャマン」が始まっている。この時期「マジンガーZ」は始まっていたものの、まだスーパーロボット系(要はマジンガーZ)とリアルロボット系(後のガンダム)のいずれが市場を席捲するのか、まだ予断を許さない時期であった。つまりガッチャマンはスーパーロボット系の始祖鳥であり、ゼロテスターはリアルロボット系の始祖鳥であり、この両者の生存競争が後のロボットアニメの方向性を決めることになったのだ(今思いついたのだが、とりあえず決定)。

 まずスタッフ的に見てみよう。ガッチャマン陣営のメカデザインはこれがデビューとなる〝大河原邦男”(後にガンダムやボトムズのメカデザインでスーパーブレイクするが、実際にはスーパーロボット系のデザインでも卓越している)、シリーズ構成はタツノコ黄金期のSF系作品(キャシャーン、ポリマー、タイムボカン、ヤッターマンなど)全てシリーズ構成することになる〝鳥海尽三”。ちなみに鳥海尽三は五武先生の脚本家としての師匠であり、この対決は奇しくも師弟対決となったのだった。一方ゼロテスター陣営のメカデザインは後にSF界を席捲することになる〝スタジオぬえ”、シリーズ構成は我等が五武先生、一応覚えておいて欲しい名前としては、監督の〝高橋良輔”、演出の〝富野喜幸”、脚本の”吉川惣司”あたりか。ネームバリュー的には(後のことを考えると)、互角か、あるいはゼロテスターの方が少し上かもしれない。

 で、内容なのだが・・・、正直に言おう。どこからどう見てもガッチャマンの方が面白い。まず肝心の戦闘シーンなのだが、ガッチャマンのけれんみたっぷりの「科学忍法火の鳥」、どう見ても核ミサイルとしか思えない「超バードミサイル」のド派手さに比べて、ゼロテスターの「オメガゼロビーム」は声優の神谷明がどんなにかっこよく叫ぼうとも、唯の白い棒にしか見えない。敵メカも、大河原邦男が書いた絵のほうが全然かっこいい。この時期の〝リアル”な画なんてものは、唯ののっぺりとした手抜きな画にしかみえないんだよねえ、ほんと。内容的にも、基本的にぶっこわしあいでカタルシスが有りまくるガッチャマンに対して、基本的に救助物で地味な展開のゼロテスターは今一弾けてない。

 あとこれは五武先生にとって痛い所なんだけど、女性キャラの描き方、つまりガッチャマンの「白鳥のジュン」と、ゼロテスターの「リサ」ではどこからどう見ても前者の方が魅力的(第六法則)。リサの声優が一年後に「宇宙戦艦ヤマト」でブレイクする麻上洋子であることを考えると、幾らでもやりようはあったような気がしてならない。主人公の声を当てている神谷明だって、この作品がゲッターロボより前だということを考えると、「~ビィィィィィィム」の掛け声も、ゼロテスターのほうが初出なのだ。こうした声優に対する無頓着さも実は五武先生の特徴の一つで、どんなにヒットした作品からでも、ほとんど声優をシフトして次回作で使ったというケースは無いのだ。この辺りも五武先生も代表作を持てない理由の一つかもしれないが。

 というわけで五武先生には、第一法則が炸裂する。第37話にして、五武先生は、実質的に<<斬首>>になったのである(状況を考えれば、持ちこたえたほうか?)。ゼロテスターは第38話より「ゼロテスター地球を守れ」というタイトルに変更になり、五武先生が作詞した曲は差し替えとなり、五武先生は全く脚本を書かなくなってしまったのだ(一応責任上最終回だけ書いているけど、大した話ではない)。舞台は地上の〝民衆の避難が終わっていない”都市部に変更になり(第四法則により、五武先生ならそんなこと、絶対やらないね!)、敵は機械獣もどきとなり、内容はガッチャマンとなんら変わらなくなったのだが、かえってオメガゼロビーム(&カッタービーム)の貧弱な演出やキャラの書き込みの足りなさが目立つようになり、ついに66話で終了することになる。一応後半シリーズ構成を引き受けた形の吉川惣司が書いた回だけは、けっこうがんばっていたんだけど、焼け石に水だったかな。

 66話という話数は、今にして思うと物凄い長さなのだが、ゼロテスターは実質38話で終わっている話だし、何と言ってもガッチャマンは105話まで作られたのだから、実質的には惨敗と言えるだろう。余談だが一応この2作品に関わった人々がどうなっていったか簡単に述べてみよう。ゼロテスターのメカデザインをした〝スタジオぬえ”は〝リサ”役の声優麻上洋子と共に「宇宙戦艦ヤマト」、その後神谷明と共に「超時空要塞マクロス」に関わり、ブレイクしていくことになる(しかしこの30年後、「地球少女アルジェナ」「創聖のアクエリオン」といった超馬鹿アニメを作っていくようになるとは、神ならぬ身には思い至るはずもないのだった)。ゼロテスター演出の〝富野喜幸”はこの6年後、「機動戦士ガンダム」によってスーパーブレイクを果たし、やがてカリスマとなっていく。その4年後、ゼロテスター監督の〝高橋良輔”は打倒ガンダムの為、、ゼロテスター構成の五武先生、ゼロテスター地球を守れを構成した吉川惣司、そしてこともあろうにガッチャマンを構成した〝鳥海尽三”、ガッチャマンのメカデザインをした大河原邦男らと手を組んで、リアルロボットの極北と現在に至るまで呼び続けられる作品を作ることになる。その作品の名は・・・「装甲騎兵ボトムズ」!!!(五武&鳥海の師弟タッグに、ゼロテスターを共に作った高橋&五武&吉川のトリオなんだから、相当リキが入ってるよね!)。

 ところでゼロテスターはロボットものじゃないので、第二法則に反してる、と言われるかもしれない。というわけで五武先生は、シリーズ途中からてこ入れとして「ゼロボット」というロボットを出している。これがまた五武先生のリアルロボット魂が炸裂した代物で、武装一切無しの完全人命救助用という設定なのだ。お腹のハッチが空くようになっているので、そこからミサイルでも出るのかと思っていると、実はお腹の中が爆発物処理室になっており、時限爆弾をお腹に放り込み爆発の被害を他所へ出さないという・・・。地味だよねえ。といってもゼロボットが強すぎると、テスター1号が全然目立たなくなるし、非常に難しい所。やっぱゼロテスターじゃ駄目だったのかな。

 話を戻す。ゼロテスターの敗戦要因を簡単にまとめておきたい。まず、サンダーバードをアニメでやろうというコンセプトが根本的に地味すぎたのだと思う。駄目だと思った時点で、もっとはっちゃけちゃえば良かったんだろうけど、五武先生のリアル志向(第三法則)がそれを許さなかったのも傷口を広げた一つの要因だろう。つまりゼロテスターは完全オリジナル作品と見せかけて実は原作つき作品に限りなく近かったため、五武先生としては力を発揮しきれなかったということではないだろうか。五武先生と富野喜幸は、後に敵同士(?)になるものの、この頃はまだ二人の敗残兵に過ぎなかった。二人は手を携えて日本アニメ界という荒波の中へ船出をしていくことになる。光は、まだ、見えない。

|

« 「鉄腕アトム第56話〝地球防衛隊の巻”」(1963年) | トップページ | 「勇者ライディーン(改訂版1)」(1975年) »

アニメ・コミック」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/26541/5522386

この記事へのトラックバック一覧です: 「ゼロテスター(改訂版1)」(1973年):

« 「鉄腕アトム第56話〝地球防衛隊の巻”」(1963年) | トップページ | 「勇者ライディーン(改訂版1)」(1975年) »