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「勇者ライディーン(改訂版1)」(1975年)

アニメ脚本家烈伝:<壱の巻>〝ロボットアニメの職人”五武冬史(鈴木良武) その四

 ゼロテスターのガッチャマンに対する敗戦により、時代はスーパーロボットに傾いた。頭を切り替えた五武先生は富野監督と共に次回作の作成に取り掛かる。ゼロテスターがオリジナル作品の皮を被った原作つき作品だったのに対して、五武先生はついに完全オリジナル作品を立案する。このライディーンは、五武先生らしい、恐ろしく斬新なコンセプトに満ちた作品となった。ちなみにこの時期スーパーロボットアニメは原作付きの「マジンガーZ」「ゲッターロボ」しか存在せず、オリジナル設定のスーパーロボットアニメは、これが本邦初となる。後に「サンライズの特攻隊長」となる(第五法則)五武先生は、すなわち原作無しスーパーロボットアニメの始祖でもあるのである。

 予断だが、ライディーンによって原作無しスーパーロボットものと言うジャンルを立ち上げた五武先生は、この20年後にスーパーロボットものというジャンル自体をも破壊することになる。またザンボット3によってリアルロボットものというジャンルを立ち上げた五武先生は、リアルロボットの到達点である機動戦士ガンダムをも時代遅れにしてしまう作品を作っていくことになる。考えて見ると日本におけるロボットアニメというムーブメントは、全て五武先生によって成立したジャンルだったのかもしれない。それほどまでのコンセプターであった五武先生が、何故片手で数えられるほどの代表作しか持てなかったか・・・。この点に関しては、この後語らせていただきたい。

 閑話休題。ライディーンが斬新な点として、まず一つ目はスーパーロボット(科学)とオカルトを融合したというところ。このジャンルにおいては現在でもライディーンを始祖として認めているようで、ラーゼフォンなど露骨にライディーンに対してオマージュを捧げた作品が数多く作られている。五武先生の大きな功績と言えよう。二つ目は、闘いと恋愛の相対化である。主人公が思春期の少年である以上、闘いだけに全ての意識を集中させるなんてことは無理なことであり、闘いと恋愛を同一次元におくことで主人公のリアリティを増し、視聴者の共感も得ようという一石二鳥のシステムである。これは(後に述べる理由により)ライディーンでは失敗し、「超時空要塞マクロス」おいて真価を認められることになる。しかしはっきりしておきたいのだが、このシステムもまた五武先生の考案によるものなのだ(使いこなせなかったが)。ところで本作におけるバトルフィールド(第四法則)は海上。ひたすら海の上で空を飛んだまま戦闘を繰り返すことになる。それだと誰にも迷惑をかけないからね。

 さて第1~3話は想定した通り、すばらしい作品になった。しかしここで、早くも五武冬史第一法則が発動する。4話目にして路線変更が指示されたのだ。おまけに富野監督は、早くも斬首に~(泣)。五武冬史第一法則の発動は、(以降を読んで貰えば判るとおり)頻繁に起こり続けることになるが、監督まで道連れというのはこれ一回だけのように思う(富野監督は自著の中で、ライディーンを斬首されたことに対してボロクソに罵っている)。しかしそれでも、作品は続けていかなくてならない。五武先生は(今後も果てしなく繰り返されることであるが)路線変更を受け入れ、妥協し、初期構想よりはるかに詰まらなくなってしまった作品を書き続けることになる。人間、生きるためには仕方ないこともあるよね!

 主な変更点だが、(1)オカルト色を弱める。(2)恋愛色を弱める。って、何にも残ってねえだろ!!。しかし弱まったオカルト色でも、オカルトの香りだけは残っていたし、美少女キャラも(一応)残っていたので、当時の視聴者には一応それなりにはアピールできたように思う。ここで客観的に考えてみたいのだが、もし五武先生の初期構想が最後まで貫けていたとしたら、ライディーンはどんな作品になっていたのだろう。まず恋愛色は、どこかで躓いた可能性が高い。だって五武先生には萌えキャラが描けないんだもん(第六法則)。オカルト色はもっと微妙だ。やりすぎるとホラーテイストになって、当時の視聴者層には刺激が強すぎるということになったかもしれない(白黒の鉄腕アトムしかみたことがない人にエヴァを見せても、怖がるだけだと思いませんか?)。

 つまりリスクを排除したのだ。そしてライディーンは長浜監督の下、それなりの成功を見ることになる。スポンサーやテレビ局サイドからすれば十分及第点だったのだろうと思う。しかし五武先生にしろ、富野監督にしろ、尖がったものを作りたくて仕方なかった面々にとっては、はらわたが煮えくり返る想いだったのではないだろうか。だからこそ、2年後にアニメ製作会社「日本サンライズ」が自主制作作品を作ることになり、自由にやっていいと言われた五武&富野タッグが作り上げた代物は、ロボットアニメの方向性を根低からひっくり返す、革命的な作品に仕上がることになる。この作品以降スーパーロボットというムーブメントは時代遅れになり、リアルロボットという新しいムーブメントへと移行していくことになる。その作品の名は・・・「無敵超人ザンボット3」!!!

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コメント

ライディーンは当時マジンガーZよりもずっと好きでした。オカルト色のせいかも。フェードインで入っていくところとか、ちょっとホラーっぽいしね。融合していく感じとか。

投稿: harada | 2005.08.25 01:30

はじめまして。勇者ライディーンをふと思い出し、前半と後半、なぜ監督が変わったのか、詳細が知りたいなぁ、と思って検索したらここにひきつけられてしまいました。

このテの話題好きなので、さっそくお気に入りに登録! 五武氏の第一法則の話などもっと知りたいので、今後ゆっくり、前の記事も読ませていただきますね。

ライディーン。大好きでした。

安彦良和氏のあまーいキャラクター、オカルティックなシチュエーション、プロレスっぽく、当時のロボット物にしては戦闘シーンが長いところとか。

東京では、第一回再放送の時、局側の都合とやらでシャーキン最後の話がふっとんだのですが、そぉんなことも、今となっては懐かしい思い出です。

投稿: ゆにゆり | 2005.09.06 23:20

読み辛い拙著を読んでいただき、ありがとうございました!。楽しんでもらえると嬉しいのですが(笑)

ライディーンは本当に試行錯誤が感じられる作品で、マジンガーZから3年しか経っていないスーパーロボット黎明期の作品とは思えない位、様々な試みをしているように思います。スタッフ的にも仮面ライダーを構成した伊上勝や辻真先といったベテラン陣も入って、いいバランスだし。

本編ではこういった書き方をしましたが、実は巨烈獣同士が戦うところとか、合体獣とかも結構好きだったんですよね(笑)。

投稿: 少年王3号 | 2005.09.07 20:13

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