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「疾風!アイアンリーガー」(1993年)

アニメ脚本家烈伝:<壱の巻>〝ロボットアニメの職人”五武冬史(鈴木良武) その十

 0083によって「リアルロボット」という呪縛から解き放たれた五武先生は、この前年、子供向けのタカラの勇者シリーズを楽しそうに書いている(惜しくも病気により、途中降板しているが)。こうした、いい具合に肩の力の抜けた(それでも五武先生らしさは随所に残っているが)五武先生による痛快作が本作だ。そして何よりも重要なのは、本作ではいつもの第一法則(斬首モード)は最後まで発動せず、「無敵超人ザンボット3」「未来ロボダルタニアス」に続く、三本目の代表作となったことだろう。

 それ以外にも、本作は五武作品とは思えない、様々な特質を持っている。その一つは、本作が”萌えアニメ”だということだ。特に今まで五武作品には女性ファンは皆無だったのだが(筆者による過去の作品を参照)、本作は女性ファン、しかもあろうことか腐女子ののファンが付くという五武作品としては前代未聞の作品となったのだ。萌えキャラが書けない(第六法則)はずの五武先生が萌えアニメ、というのも変な話だが、どうもこの数年前から萌えキャラの描き方がかなり上手くなってきているように思われる。しかしそれだけでは、この結果は一足飛び過ぎるだろう。当然アミノテツロー監督は、萌えキャラ要員を脚本家陣の中に配している。それが「会川昇」と「山口亮太」の二人だ。会川はこの頃はそれほど名前が通っていないが、エヴァ以降、「機動戦艦ナデシコ」「十二国記」「鋼の錬金術師」などで萌えヲタ・腐女子のハートを鷲掴みにする、いわば「萌えのエキスパート」になっていく人物。山口亮太は、この後セーラームーンシリーズの最終作、「キューティーハニーF」、「エスカフローネ」、「kanon」などの萌え系アニメを描いていく人物。山口亮太は、(筆者が知る限り唯一の)五武先生の弟子のような存在なのかもしれない。次回作も一緒にやっているし、山口亮太が「ナイトウォーカー」を構成したときは、五武先生がゲストで脚本を書いたりもしている。アミノ監督は非常に先見の明があったと言えよう。

他の脚本家もざっと当てっておく。「稲荷昭彦」は、後にヒヲウ戦記やガドガードで会川昇と、エスカフローネで山口亮太と一緒に書いている、言わば気心が知れた中(いずれ気心が知れる中・・・ちょっと苦しいか)。少なくとも方向性は合っていたのだろう。「外池省二」は昔しバイファムでアミノ監督と組んだ仲。一方アミノ監督と五武先生は、レイズナーとドラグナーでニアミスがあったか無かったか(恐らく無かったろう)と言う程度の仲。付き合った作品は、後にも先にもこれ一本。どういうコネだったんだろう?。こうして見ると、五武先生だけが、完全に浮いているような気も・・・。この寄せ集め(としか思えない)スタッフを思うと、アイアンリーガーは「からくり剣豪伝ムサシロード」(前作でそれほど人気は無かった。構成は伊藤恒久(泣))の敗戦処理的位置にあった作品なのかもしれない。実際、アイアンリーガーはかなり人気があったはずなのに、二頭身ロボットキャラシリーズは、アイアンリーガーで打ち切りになっている。

 話を元に戻す。本作のバトルフィールド(第四法則)は、各種スポーツ施設(はぐれリーガー編はその限りではないが)。基本的に一般人を巻き込むような話ではない。それ以外の基本法則にも反してはいないが、それでも過去の作品を思うと、かなり異質な印象を受けるのと思う。萌えキャラは周りの脚本家がよってたかってフォローしてくれてるし(笑)。しかし筆者には、アイアンリーガーもまた、五武先生のリアルロボット魂が目いっぱい注入された作品に見える。まずマグナムエースを五武版キリコだと思って見て欲しい。両者に共通するのは戦場帰りであること、感情を表に出さず頼りがいのあること、そして巨悪に戦いを挑んで負けて負けて負け続ける点、などである。また強制引退後の戦場のシーンなどは、どう見てもAT軍団が戦っているようにしか見えない。マグナムエースの頭が外れて、中にパイロットが入っているんじゃいないかと思えるほどだ(笑)。

 恐らく五武先生にとってアイアンリーガーは、没になってしまった"五武版ボトムズ”の設定を、世界観を修正した上でリメイクした作品だったのではないだろうか。シルバーキャッスルのメンバーが仲間を集めて、最終的にダークプリンスを倒すという展開は、おそらく五武先生が考えていたボトムズの展開そのままだったのではないだろうか。吉川版ボトムズは、キリコ(幸運の遺伝子所有)がたった一人で、腕ずくで全てを解決してしまう話だった。”ハードボイルドの帝王”吉川惣司の面目躍如というところだろう。本作は、言わばその対極の位置にある作品といっても良い。ボトムズという作品にとってどちらが正しかったかについては、今となっては何とも言えないのだが、アイアンリーガーを見る限り、こういう展開も有りだったんじゃないかな、という気はする。少なくとも一般視聴者層には、一人のマッチョが腕ずくで全てを解決する話より、弱者がみんなで協力して困難な状況を解決していく話の方が、はるかにアピールするだろう。物語作家としては、あまりにも初歩的な話ではあるのだが、五武先生としてはそのことを、改めて実感することになったのではないだろうか。

 ところで本作のコンセプト、「仲間を集めて、巨悪と戦う」「全員が判り易い必殺技を持っている」「最初は負け続けて、最後に勝つ」は、(五武先生とっては心ならずも)次回作へと引き継がれていくことになる。五武先生は、このアイアンリーガーと言う自らのキャリアにとって始めての"萌えアニメ”を経験することによって、非常に大きな経験を得たのではないだろうか。五武先生は次回作のみならず、その後も、しかも単独で"萌えアニメ”を製作してくことになるのである。逆に会川昇、山口亮太といった若手脚本家にとっても、五武先生の物語作製論は、大いに勉強になったのでないだろうか(彼らがブレイクするのは、ほんのこの数年後のことだ)。こうしたわけで、五武先生とってリアルロボットというムーブメントは、0083以降、すでに過去のものとなってしまっていた。しかし歴史とは稀に皮肉な事を起こすものだ。五武先生は"もういい”と言っているのに、またもや五武先生はガンダムと関わっていくことになるのだ。その作品の名は・・・「機動武闘伝Gガンダム」!。ついに、五武先生は20年の月日を置いて、ガンダムと決着をつける日を迎えるのだ!!。

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