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My最新アニメ感想文:特別編「〝フリクリ”の見方、教えます」(総括:フリクリデザインワークス(角川書店))

取り敢えず、連載ものなので未読の方はまずこちらを参考に。

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My最新アニメ感想文:特別編「〝フリクリ”の見方、教えます」(第六話:フリクラ)

<OVA:1999年製作:アニマックス>

 さて本作の総括ですが、言いたいことは前回までで書ききってしまったので、特に心残りはありません。榎戸先生的には、恐らくOVAというフィールドに適応するべく、やれるだけのことはやった作品だと思うので、その意味では代表作の一つと言ってしまって良いのではないかと思います。

 特に圧倒的な情報量は他に類を見ないのではないでしょうか。ただエヴァの場合は、伏線を「謎」という形で提示したので視聴者は素直に「謎解き」という行為が行えたのが、フリクリの場合は圧倒的な情報量を日常表現に埋没させているので、それが「謎」だということすら分からなくなっているという点で損をしているかもしれません。

 ところでエヴァの謎本・設定本は山ほど出版されましたが、フリクリに関しては小説版を除けば恐らくこれだけ・・・(しかも売れてる感じ、全然なし)。つまりみんなフリクリに興味が全く無いのか、内容が理解できていないかもしれないとすら気がついていないわけです(泣)。前回までの内容が理解できていないと、この本のスタッフインタビューはほとんど理解できないはずなので、せっかく分かってもらえたはずなので少し感想など。

榎戸洋司編
「実は三話のニナモリの話は、フリクリ全六話を一話で凝縮してやっちゃったわけです」:自分が作った作品に関してはほとんど言い訳しない榎戸先生が、第三話に関してだけこのように解説。これだけ浮いてる話なので、やむをえないか。ウテナのときも、「黒薔薇編」に関してだけは、相当言い訳してましたし(笑)。気持ちは、よーっく分かります。

「フリクリのテーマは、〝本当に大人になるためには子供らしい子供でいないと駄目なんじゃないの”ということ」:実はこのインタビュー記事で、私には最も理解できなかったところがここ。ナオ太が子供らしい子供でいたら、この話は少しは明るい結末を迎えられたんだろうか。あるいは最後にナオ太が子供グループに帰ったことで、本当に大人になるための手がかりが得られたんだろうか。機会があったら榎戸先生に聞いてみたいものです。

「マミ美とハル子、タスクとアトムスクの関係の公式は同じなんですよ」:前回までの内容が理解できていないと、何を言っているのか全く分からないはずです。恋人もいるべき場所も失って町を去ったマミ美と、体も記憶も全てを失ったタスク。アトムスク復活に成功し意気揚々と引き上げるハル子と、全てを取り戻したアトムスク。まさしく同じ公式です。

「みんなが別の三角形(人間の三角関係)を持っているのに、ナオ太だけ外にいる。それに本人が気づいていないというお馬鹿な所を描いているんです」:まさしくその通り。そしてこの話の罪深いところは、最後の最後までナオ太がそのことに気づけないまま終わってしまうところなんだろうと思います。だからニナモリとも、きっと上手くいかないんだろうね。

「僕は物語というのは、基本的に「子供が大人になるための物語」だと思うんですよ」:賛成です。変化と成長という物語における最も重要な要素を、榎戸先生は一言で表現してくれました。こういうところが〝かなわないなあ”と思わされてしまう所以なんですが・・・・。

鶴巻監督編
「最終回のカンチは、真っ白になって唯の入れ物っていうアイディアもあったんですよ。榎戸さんはそうしたかったみたいだけど」:流石榎戸先生、容赦がありませんね!。これではタスクには全く救いが無くなってしまいます。・・・物語的にはその方が自然なのは良く分かるんだけど。これではナオ太の鈍感さは、はっきりと罪になってしまうと思うんですが、どうでしょう?

「カンチの結末は最後の最後まで決めていなかった」:当然です

「榎戸さんとは(シナリオを)コンテで変えるかもしれないって話をして、本当にコンテの最後の最後で、機械にしちゃうか、キャラクターのあるやつにするか、マブセに残すか、アトムスクに取り込まれて宇宙に行っちゃうか、最後まで悩みました」:機械はあんまりな気がしますね。タスクが意識を取り戻すというのは、ハッピーエンドではあるんだけど、テーマ(ナオ太の鈍感さ)がボケてしまう気がします。宇宙に行っちゃう・・・のが一番良かったかもしれませんね、救いもありそうだし。・・・でも結局悪い方から2番目が選ばれたのでした。

「(ハル子に関しては)大人になる手助けをするというメーテルなキャラにする手もあったし、実はナオ太のことを完全に裏切っていて本当に自分の任務だけが目的だったという手もあったけど、任務のせいでナオ太を裏切るなんて安っぽいし、メーテルみたいになるのもスケールが小さくなっちゃうかなと思ったし、男を追っかけて地球にきてるってのも安っぽすぎるし。榎戸さんと二人で悩みました」:でも結局スケールを小さくするよりは、安っぽさを取ったのでした。チャンチャン♪

「最終的にはナオ太が描ければ良かった。挫折する子供が描きたかったんです」:本作がバッドエンドで終わってしまうのは、鶴巻監督の意向だったことが良く分かりますね。

「(フリクリを観て分かんないという人へ)ご苦労様。(フリクリを観て分かるという人へ)ごめんなさい」:普通は逆だと思うんですが(笑)。まあ必要が無いと判断して、膨大な裏設定をほとんど本編には出さなかったということなんで、そういう意味でこういう発言になっているのかもしれません。

それではまた何時の日か、「トップをねらえ2」で!!

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アニメ・コミック」カテゴリの記事

コメント

長文、乙

なかなか、面白い考察だと思うのだが、一つだけ私が感じたことと決定的に違う箇所がある。
(因みに私はタスクは生きていて、カンチはナオ太の理想の兄を演じているだけだと思っているのだが、まあ、これはどうでも良い)

私は、コレはナオ太の成長の物語だと思うのだ。

成長といっても少年王3号氏の様に、精神的に大人になることを言っているのではない。
5巻の行動で、氏がナオ太をけなしたような、ある種の子供じみた退行こそが、成長ではないかと思っている。
だってナオ太も、あと3巻のニナモリも12歳の子供だから仕方がない。
子供なんだから、いくら大人ぶっても、所詮は子供。身体は小さいし、一人で生きていく力もない(おまけに社会的責任もない)。
子供にできることは、まあ、せいぜい年齢どおりの子供らしくあることだが、そう考えると、1巻冒頭のある種ニヒルで、シニカルなナオ太こそ、私は寒気を覚える。
(きっと、榎戸先生もこんな子供じゃなかったんじゃないだろうか)
こんな子供がそのまま大人になってはロクでもないものになるから、むしろ、年齢どおりに子供らしくなったほうが良いんじゃいの? 
そして、これこそが、
 "本当に大人になるためには子供らしい子供でいないと駄目なんじゃないの"
ではないかとおもうのだが、どうだろうか。

あと氏が意図的に無視している点が二つある。
ひとつは、ナオ太の頭から出てきたギターで、もうひとつが、ラストでアトムスクを取り込み、制御して見せたことだ。(あれはアトムスクに操られたのではないのは、戦いのラストで急にナオ太が戦いを止めたことから解る)
頭から出てきたギターの大きさは、ウテナでいう剣と同じで、恐らくは、ナオ太の力(心の強さ?)を示しているのだろう。
当方もあまりギターには詳しくはないのだが、アトムスクのギターには敵わないまでも、ハル子並みの大きさであり、なによりアマラオよりは遥かに大きい。
5巻で(結局は弾であったにせよ)自らカンチに乗り込んだり、なによりラストでアトムスクを制御し、開放したのは、これもまたニヒルなナオ太にはできなかったことだ。
つまり、実力はともかく、また子供じみた行動であったにせよ、そして、その殆どが、ハル子という外部的要因だったにせよ、バットを振るなど、やってみせることが大切で、それをやりもしなかった初期のナオ太よりは、確実に進歩したという結果ではないだろか?

あと、「マミ美とハル子、タスクとアトムスクの関係の公式は同じなんですよ」については、マメ美やハル子がタスク、アトムスクに憧れても届かない存在であること、そしてそれを慰めるためにナオ太を玩んでいる、ということだと思うんですが・・・

なんにせよ、トップ2はすぐに書いてね~

投稿: 一伽貝 | 2005.02.10 00:05

"本当に大人になるためには子供らしい子供でいないと駄目なんじゃないの"

大人や子供の定義はさておき、少年王3号氏が前のほうの感想でいったかもしれないけど彼の作品に母親がいないとか(父親もあまりいない)、「安心して子供らしくできる家庭」がないとか、過密な情報や様々な生活上の緊張感に襲われていて我慢をし続けている(または麻痺してしまった)子供にはあまり明るい未来はないってことでしょうか?でもそんな子供はたくさんいますよね、きっと。

自分に照らしてもよくわからないけど、後から再トライもできるような気はします。一生かかっても結局到達しなくても、トライする自由はあるでしょう(だから私はカオスなんですね)。でももちろん再トライしても到達できないという結果もありです。でもそういう再トライの道をたくさん作ることは現代社会のためにはとても重要かもしれません。

そう考えるとナオ太の未来は明るくないかも。でも明るくなくても未来は勝手にやってきます。そして死という忘却の旋律(<作品見てないから内容に関係ないただの語呂です)も・・・?

私としては、マミ美の機械子犬がかわいかったなと。

投稿: harada | 2005.02.17 20:51

>「安心して子供らしくできる家庭」がないとか、過密な情報や様々な生活上の緊張感に襲われていて我慢をし続けている(または麻痺してしまった)子供にはあまり明るい未来はないってことでしょうか?

確かにナオ太の周りには、この作品で言うところの「立派な大人」が居なかった。
それも確かなんですが、私にはナオ太は、タスク(兄)を想うマメ美の為に、自分で成長(タスクのようなマメ美を裏切った、大人になること)を止めた様に見えてました。

もちろん、マメ美も、タスクのように自分から離れていってしまうことを恐れて、ナオ太を飼い殺しにしてしまっていたようでもあります。
(だからバットを振った後のナオ太を、マメ美は拒絶し、自分の言うことを素直に訊く、機械犬に傾倒します)

私にはフリクリは、ナオ太が、マメ美やタスクの呪縛を解き放ち、自分らしさを取り戻す物語と理解しています。
まあその為には、ハル子やアトムスクのような、バックアップも必要なんでしょうが。

まー、子供は子供なりに、ガンバレ。
大人は、子供がちゃんと育つような、ちゃんとした大人になれよ、

と言う事じゃないんでしょうか?

ヒジョーに解りにくい作品ですけど。

投稿: 一伽貝 | 2005.02.18 01:09

「凄いことなんか無い。ただ当たり前のことしか起こらない」
最後のモノローグと最初のモノローグの違い。
これは、本当の意味で「当たり前の事しか起こらない」つまり、自分の「こうなればいいな」は起こらないって事を、ナオ太が理解できたっていう・・・そういう点で彼は一つ進歩したんじゃないかな。

選択するにしても、選択するための条件さえ満たしていない。それを満たしていないのに、それを選ぶことはできない。当たり前の事しか起こらない・・・。それが、本当にわかった。あるいは、再確認したのかもしれない。

だから彼が選んだ普通の中学生活は、彼の選んだ一歩だったんだと思うんだけど、どうかな?

あとハルコは職業でフラタニティの仕事をしてるけど、本当はアトムスクの力を独り占めしたい。だからカンチの中にアトムスクの力が眠っていることを報告していなかったにも関わらず・・・なんだと思うよ。

投稿: 夢見草太郎 | 2008.11.01 21:42

 興味深い考察でした。
 なるほどなぁと思うと同時に、しかしナオ太が全く成長していないと言うのにはやはり疑問を持ってしまいます。ていうかしてない方が不自然です(ぇ
 色々な意見があるでしょうが、ナオ太はあの時自分の意思でアトムスクを制御出来ていたように思えますし。あれはただの弾丸ならばできる行為ではありません。心境の変化というだけでなく、確実に彼も良い意味で変わってはいるのだと思いますよ。

 無論、単なる少年の成長物語というわけではないですし、オタクへの警鐘、というものも多いに含まれているのでしょうが、私には「それでもナオ太はナオ太なりにはけじめを付けた。君たちはどうだ?」という問いかけな意味での話では? と感じました。
 それにもしナオ太考察の通りの人物のままであるのなら、ラストでニナモリはああいう態度を取ったりはしませんよ。そんな奴なら、たとえ見かけても無視するでしょうw 

 長文、失礼致しました。

投稿:   | 2009.01.26 15:45

妄想を膨らますよりもきちんとここを読みな。

鶴巻監督のインタビューから抜粋(全文http://2ch-library.com/flcl/text/commentary.html)
マミ美はナオ太がバットを振らない男だから自分のそばにおいていた。だからマミ美はがっかり、つまり男だと。つまり危険だということですよ。今まではナオ太かわいい、かわいい。とマミ美が イニシアティブを握っていたんだけど、ナオ太がバットを振る男だとイニシアティブをナオ太に奪われてしまう。マミ美にとってはそれが困る。
「ナオ太的には成長したと言うことですね」
そうそう。

投稿: | 2010.02.10 16:43

このページ早く直すか消すかしてくれませんか?監督がちがうっていってんだから
放置することはフリクリにとってマイナスに働く、作品が好きならどうにかしようよ

投稿: | 2010.05.29 01:23

字数多いぞ宮淳

投稿: | 2011.01.05 03:59

カンチ=兄
これただの妄想か。騙されるるだった

鶴巻監督のインタビューから抜粋(全文http://2ch-library.com/flcl/text/commentary.html)
(兄ちゃん)
「ナオ太のセリフとカンチが赤くなるのって関係があるんですか?」
赤くなったカンチはナオ太のあこがれたお兄さんのイメージ。理想の男。緑の感じはナヨっとしたこき使われる男なんだけど、赤は強い男。兄貴になったわけではないんだけど。このところまで見た人は、兄貴はアメリカに行ったんだけど、改造されてカンチになった。という噂も立った。意図的にお兄さんと赤いカンチを同じように見えるようにしている。

(カンチがマミ美の頭をなでるシーン)
今のも、小学校の時のマミ美とお兄さんとの対になるように。

投稿: | 2011.03.10 15:54

伏線の張り方や情報の出し方はベタなものが多かったので、裏設定とか本質がどうとか大げさに言う必要はないと思いますよ?

「自分が解説してあげないと、大半の視聴者は伏線や本質に気づいてすらいない」という思い込みがあるようですが、
間違っている部分もあるので、断定ではなく、個人の感想・妄想の類と明記するべきでは?

投稿: おまんじゅう | 2011.10.08 10:52

ナオ太は成長していると思います。彼は”子ども”へと成長したのです。

そもそも、子どもから大人へは一気に成長するものではありません。子どもと大人の間を行ったり来たりしながら成長するものです
〝本当に大人になるためには子供らしい子供でいないと駄目なんじゃないの”
この言葉にもあるように”子ども”とは大人になるために欠かせない段階です。
しかし、ナオ太は”子ども”であろうとせず、どこか厭世的な大人ぶった子どもで、
話中ではバットを全力で振ろうとしませんでした
当たるかどうか分らないバットを全力で振る。そしてボールに当たらず空を切る。
それは子どもが自分の力を知って、大人になるための儀式です。
しかし、ナオ太はこれを欠かしていた。
このままではナオ太は大人になることはできない。大人になるためにはナオ太は”子ども”をしなくてはいけない。

フリクリは、子どもから大人への成長を描いた物語ではなく。
大人ぶった子どもをちゃんとした子どもへと成長させる、その過程を描いた物語だったのだと思います。
終盤のハル子への告白。
アレは成長したナオ太が、子供らしくバットを振ったシーン、そう言えるのではないでしょうか。

投稿: | 2012.02.28 23:45

つまり
ナオタの中二病的なものが治って普通になった。

ということですな

投稿: | 2012.11.21 12:03

全部読ませていただきましたが何か違和感が…
>ニナモとも上手くいったかもしれない
恋愛感の個人的な感想について
そもそも直太はニナモの事を好きではなかったように思える「来たけど受け入れなかった」

マミミの事もどうだったかな?多分アニキの変わりとかお下がりとかそういう感じでしょう…「来たから受け入れた」(俺の事好きなんだろ)

ただハル子だけには最後にはこだわったと思います
利用されても、父親とフリクリしてるようなシーンがあっても、つっけんどんにされても、焦らされても、轢かれても

海賊王化が解けて「好き」って言ってキスしてますからね「勝手に来て勝手に去ってまた勝手に来て、去るのだけど好きといった」
あれほど餓鬼な事は無いでしょう、良い様に利用されたって
真っ直ぐに「好き」って言ってチューです
あのシーンはアトムスクでもないし兄ちゃんでも無いです、回りがどういおうと好きだったんですよ

対比としてノリ眉毛は社会的な事や論理(大人と言う単語)を防御壁に隠れて拗ねちゃいましたしね、本当はハルコの事好きなのに

で管理人さんの総評はニナモともマミミともハルコとも上手くいかなくて終わりですが
それは違うかと、誰でも良い誰かと付き合いたい話でもないです
あの年頃の男の子が理屈を超えて好きな人に好きってちゃんと真っ直ぐ言っただけで良いんですよ(自分にも覚えがあります、フラレマシタケド!)
必ず形に残る何かが無ければ駄目ならば、それは眉毛ノリと同じ考え方だと個人的には思いますね
○○が無けりゃ(条件がそろってなきゃ)好きっていえない大人の考え方です…

まあ確かに形だけ見たらもったいないに見えるかもしれませんが、ヒーロー像のメタフィクション(?)をあまり知らない自分にとっては普通にただの青春かと

投稿:   | 2012.12.04 20:29

こんなに捻くれたものの見方でアニメ見て面白いかな……
薦められてFLCL観たのでやってきたんですが、驚きました(絶句
アニメは脚本家だけが作るものじゃないし、作品性は監督に帰結するのわかってますか?
脚本家の小説版に振り回されすぎて本質見てないんじゃないかと思わせるほどのずれた妄想には感服しました
マミ美はタスクの、ハルはアトムスクの代用としてのナオタだというのは素直に見ればわかるし、ナオタは恋愛至上主義で彼女作るのが目的のアニメじゃないですから(笑)
ナオタがバット振ったからマミ美はロボ犬に今度は移行したんだし
あとラストの解釈ね、なんで恋人手に入れなきゃバッドエンドなんだよ(笑)
これは少年の兄に対する憧憬や初恋の人を失う哀しみを描いた極めてオーソドックスなドラマじゃないですか
オタものばっか観たりゲームばっかやってると作品を素直に鑑賞できないということを教えてくれるいいページです(笑)
この人たぶんエヴァを高尚なものと思ってるんだろな……

投稿: | 2013.08.17 13:06

自信満々で上から目線だったので最後まで読みました
現実世界でよく問題を起こされているのではないですか?
頭が弱いならせめて静かに生きてくださいね

投稿: | 2015.06.07 03:21

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