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「忘却の旋律」(最終回)感想文(ネタばれ注意!!)

 泣いても笑っても、これが最後の話となってしまいました。泣いた回数の方が多いような気がするのが、ちょっと問題なんだけど(笑)

 最後は超急ぎすぎ。構成力がずば抜けており、最終回がつまらなかった試しの無い榎戸先生にしては、非常に珍しいケース。・・・一応ボッカは元の世界に戻ってこれたのかな。ボッカが倒れている砂漠は、とても日本とは思えないんだけど・・・。牧場の牛娘をつかまえて「自然と戯れ自由に生きる少女達」はさすがソロ。「美少女牧場」も流石のネーミングです。最終回なのに悠長に雑魚モンスターなんかと戦ってていいのかなと思ったけど、よく考えてみるとボッカたちはここまでただの一匹もモンスターを倒していないわけだから、一匹倒すだけでも重要な意味を持つと言えなくもないかもしれません。エランビタールが最後に人間形態に。あまりにもダサダサでちょっとびっくり。この話のモチーフは時計のようですが、「銀河鉄道999」にもこれとそっくりの映像がありましたね(また松本零士ですか)。ソロの本名は「ソロモン三世」(あるいは、いつも一人で歌っているから)とのこと。忘却の旋律がすでに死んでいた、というのはあまりにも当たり前すぎて驚きようがないっす(笑)。だって最初から幽霊っぽかったし。ソロの妄想だとは思わなかったけど。この辺はウテナと違って、最初からファンタジーな内容なだけに、何がおきても驚きにくい状況がすでにあったため、ウテナの「プラネタリューム」ほどの〝やられた感”はあまり感じにくいですね。「このインコのおしゃべりは僕の腹話術さ。インコが本当に話せるわけないだろ」って(気づけなかった自分が・・・同じ理由であんまり悔しくないね)、冒頭の二人と一匹の会話を思うと、ソロの〝寂しさ”が尋常なレベルではないことが伺えます(泣)。えーと、やっぱり小夜子は死んじゃいましたね。そしてボッカはモンスターキングにこそならなかったものの、新しい「忘却の旋律」を得たのでした・・・。目下の所、主人公の恋愛成就率は0%です、榎戸先生!!

 細かいところを。ソロとボッカが追いかけっこをしているときに、通常空間に出る前に「牛娘」と遭遇しますが、美少女牧場は異世界にあったのかな(どうでもいいか)

<総括>
 原作を読んでいないので定かでは無いのですが、多分完結してないんじゃないかな。しかも原作が榎戸先生から別の人に代わっていた様な気が・・・。そのせいか榎戸先生にしては超珍しいことに、非常に尻切れトンボ感が強い作品になってしまいました。最終回は明らかに急ぎすぎ。なんだかんだで前半の伏線をきちんと消化することが多い榎戸先生にしては、今回はかなり伏線を取り残してしまいました。4人目のユニコーンシリーズとか、突然人間体になるエランビタールとか、人間を裏切ったとされるミトラノームを作った女性科学者とか、迷宮に消えた黒船とホルとか、数えれば切りがありません。とすれば、これらを切り捨てて作った本作の最終回こそ、本当に榎戸先生が「言いたかったこと」ということになります。

 最終回一歩前までの展開は、私的には仮面ライダー(モンスターユニオンを干支になぞらえているのは、ダミー伏線。チャイルドドラゴンは、おそらくトカゲロンなのでは?)としても、最終回は単純に悪を倒して終わり、という展開にはなっていません。さらに注目すべきは、本編を通してエースとされるメロスの戦士たちが、よってたかって倒したモンスターがたったの一匹だということです。これは本作が「理想化された安保闘争」だからこそ、結局戦った相手がモンスター(米国人)ではなく、人間(日本人)ばかりだったのではないかと考えます。実際の安保闘争は、結局日本人同士(学生と警官隊とか)の内ゲバにすぎなかったわけですから。そう考えれば、ソロが何故元メロスの戦士でなければいけなかったかも分かるような気がします。そして「理想化された安保闘争」の行く末はというと・・・ボッカは今度こそモンスター(米国)と直接戦っているのでしょうか。メロスの戦士はボッカを除いて全滅してしまいましたが、その後増えたのでしょうか。ソロの言葉によれば、「モンスターキングを倒したから、モンスターが怒った。だから自分がモンスターキングになるしかなかった」と言っています。ボッカがソロを倒したにも関わらず、町の様子が特に変わったようには見えません。ということは、誰かがモンスターキング4世になったということなのでしょうか(もしかして、ボッカはメロスの戦士兼モンスターキングなのか?モンスターを撃ち損じていたし)。・・・分かりません。いずれにしても、本編が安保闘争だとすれば、日本人同士の内ゲバにけりがつけば終わりなわけで、それ以降は単なる「対米戦争」になってしまうのでテーマが違ってきてしまうということなのでしょう。・・・しかし勝とうが負けようが、結局世の中は何にも変わらないのね。榎戸先生、それが結論なのですか???

 そして最終回ですが、ソロの三重人格が強く描かれていますが、要するにソロは「生身の女の子」よりも「妄想の女の子」の方が良いと言っているわけであり、「生身の女の子」のために戦っているボッカとは対極の位置にあります(「毎日、恋愛と娯楽と快楽と・・・犠牲になる子供の方がまだ救いがある!」は強烈です)。・・・ヲタクとパンピーの思想闘争というわけです。結果は・・・ボッカが勝ったんだよね、生き残ったみたいだし。ヲタクなんかやってても駄目だよ、という結論・・・なんだよね(生身の女の子は、盾になってくれるから???。・・・まあ助け合えはするよね、きっと。でも小夜子は新しい忘却の旋律になっちゃんったんですけど・・・?)。こうしたヲタク否定のメッセージは、榎戸作品にはほとんど必ず含まれています。エヴァでは「アニメばかり見てないで、もっと色んなものと接しなさい(これは庵野監督の言葉ですが)」、少女革命ウテナでは「閉じた世界からの脱出」、フリクリでは「もっと広い視野を持ちなさい」というメッセージが込められてしました。それに比べると、本作のメッセージは恐ろしく直接的ですが(笑)。

 さて本当に最後になりましたが、・・・やっぱり小夜子は死んじゃいましたね。榎戸作品は過去の全作品(小説「爬虫類戦記」を含む)を通して、主人公が恋愛を成就させたことがただの一度も無いので、心配はしていたのですが。まあ榎戸先生らしいといえばらしい展開ですが。その意味でも本作は、あっと驚くオチは持ち得ないのでありました。

さあて次は「フリクリ」と「トップをねらえ2」だな。じゃっ!!

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