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ウルトラQ dark fantasy トーテムの眼

さて「ウルトラQ dark fantasy」第十一話「トーテムの眼」の感想である。

(以下、ネタバレ感想)

 「午前二時の誘惑」と同様に古典的な話であるが、今回はバッドエンドとなってしまった。
 結局、この手何かを叶える系アイテムは望みを言う度にどんどん状況が悪化していくものであり、それを使って悪化した状況を打開しようと言うのがそもそもの間違いである、という教訓だろうか。

 さて、ここで少し「三つ眼のトーテムポール」の能力について考察したい。

 女子高生・橘 麻衣の2回目と3回目の願いの結果には明らかな矛盾がある。
 麻衣の2回目の願いにより、彼女の母親・雪江は死んだ。
 しかも死亡診断書まであり、保険金まで降りたのだから、錯覚や幻想でもなく確実に死んでいたのだろう。
 しかし3回目の願いで、どうも死んだ母親・雪江がゾンビのごとく生き返った訳ではなく、死んだこと自体が無かったことになっているのだ。
 坂本達がトーテムポールを少女が買った事を知っていることから、時間が遡ったわけではなく、どうも母親の死ななかったパラレルワールドに移行してしまった、と考えるのが妥当のようだ。

 また、その人にとって、最も大事なものを奪う、とは何だろう。
 その人にとって大切なものがトーテムポールに宿る悪霊に判るものだろうか。
 また社会が変化するに従い、願い事に叶え方も変化していくだろうが、それが悪霊に理解できるものだろうか。

 思うに、願いを唱えた者に、自分にとって大切なものと、それを代償にした願いの叶え方を考えさせ、それを実行しているのではないだろうか。

 つまりあの「三つ眼のトーテムポール」の能力は以下の通りではないか。

  1.願いを唱えた者に、自分の大切なモノと、それを代償にした願いの叶え方を無意識の内に考えさせる。
  2.その願いに準じたパラレルワールドを創り出す。

 こうして考えると、頭が良く、小市民な人間の願い程、周囲への被害は少なく済みそうである。
 ラストの「世界征服」→「世界核戦争」などは、願いを叶えた女子高生の頭の程度からの発想ではないか。
 要は分不相応な願いを叶えたければ、それなりの頭が無ければダメということか。うーむ、深いぜ。

 さて、今回は「猿の手」そのものだ、という声が2chに多かった。
 こういった「3つの願い」系の話では、「猿の手」という短編が有名(昔話にあったと思ったので、元祖では無い筈・・・)なことは知っていたが、恥ずかしながら、読んだことがなかった。
 いい機会だと思ったので、(どのくらいパクられているのか知るために)読んでみることにした。

 ・・・まんまかよ。 

 ではまた来週。

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